卑怯のどこが悪いと言うんだ












 空教室を利用して、パーティー検定の受付が行われている。

 その教室の前の廊下、壁にもたれるようにして、三人の男女が立っている。

「遅いな」

「きっと、来てくれますわ。約束したんですもの」

「早くしないと、締め切られちゃうよ」

 ユウキ、ティーナ、アーリィである。今日は週の最後の日なので、授業は午前中までし かない。今はもう放課後というわけだ。

「ちゃんと見つかったのかな、あと一人」

 今日のアーリィは、腰に変わった意匠の小剣を下げていた。待つのに飽きて手持ちぶさ たの彼女は、先程からその剣を、カチリカチリと鳴らしている。




   第四章 本日の日替わりランチ

 

 アーリィが言った。

「やっぱり、こんな瀬戸際から準備したって、間に合わないのかな」

 そして彼女は、また腰の剣をもてあそぼうとした。

 その手は、空を掴んだ。

「あれ?」

 いつの間にか、小剣がなくなっている。

「えっ!? あれ、ボクの剣が‥‥!?」

「あ、あそこに」

 ティーナの指さす先には、いつの間に現れたのか、十歳くらいの小さな女の子が、アー リィの小剣を両手で抱えて立っていた。

「ちょっと、キミ。それはお姉ちゃんのだから、返して、ね?」

 アーリィが近寄ると、少女はニッコリと笑い、剣を抜いた。

「こ、こら、危ないぞっ。早く渡しなさい」

 すると、少女は素直に剣を収め、アーリィに渡した。

「そうそう、いい子だね。この剣は慎重に扱わなきゃいけないんだから」

 アーリィはもう一度、剣を鞘から抜いて確かめようとした。──抜け出てきたのは、柄の部分だけだった。

「‥‥!?」

 慌ててアーリィは、鞘の中を覗き込む。ユウキがその肩に手を置いた。

「アーリィ。本物はあっちだ」

 そちらを見てみると、確かに廊下に剣が転がっている。

 少女はにこにこと笑いながら、アーリィの驚いた顔をながめていた。

「何? どういうこと?」

「からかわれたんだよ、その子に」

 その時、廊下の向こうから走る足音が聞こえてきた。

「アスカさん、一人で先に行かないでくださいよ」

 走ってきたのはルージャだった。少女は笑うのをやめ、答えた。

「でも、歩くより走るほうが気持ちいいよ。景色がどんどん流れていくの」

「“忍び”のあなたに気配を消されて走られると、ついていくのが大変なんですよ」

「アスカ、そんなの知らないもん」

 二人の対話が一段落したところで、ユウキたちは口々に言った。

「まさか、あと一人の仲間って、その子じゃ‥‥」

「忍び? この女の子が?」

「こんな小さな子を、検定に参加させるつもりなんですか?」

 ふんふんとうなずきながら聞いていたルージャは、なおも質問を続けようとする三人を制し、答えた。

「面倒ですからまとめて答えますよ。答は三つ全て、イエスです。──彼女の名前はアスカ・イザヨイ。忍者科の1年生(レベル)です」

忍者科とは、盗賊科のさらに上に位置し、限られた者しか入れないエリート(クラス)である。

「この子が、学園生で、しかも忍者科!?」

「アスカさんは何と、あの高名な忍びの集団、イザヨイ一族の頭領のお孫さんなんですよ。この学園は、能力さえあれば年齢も種族も問いませんからね」

「確かにな」

 ユウキがつぶやいた。このアスカという少女がアーリィの腰から剣を取るのを、彼ら三人とも全く気づかなかったのだ。彼女の存在さえも。

 また、剣をすりかえたときも同様である。目の前で行われたはずにもかかわらず、誰もそれを見抜くことはできなかった。能力自体は、大したものと言うほかはない。

「け‥‥けど、いくら忍者科でも、この子じゃ無理だよ。小さすぎる。検定って言ったって、危険はあるんだよ? もし大怪我でもさせたら、親御さんに申し訳が‥‥」

「アスカは平気だよ。忍びはね、『死して“しばかね”、拾うものなし』だもん」

 少女は、元気良くそう言った。

「ルージャ」ユウキが言った。「この子に冒険ができるかどうかはともかくとしよう。それよりも、よりによってこんな幼児を仲間として選ぶ、お前の思考のほうが俺には不思議だ」

「いやぁ、ここは一つ、アスカさんの若い力に期待するということで」

「若すぎるよ」

 アーリィが言い、足元をチョロチョロしていたアスカを捕まえた。

「アスカちゃん、だっけ。悪いけど、こういうのはもう少し大きくなってからね」

「やだ!」アスカは叫んだ。「ルージャおにいちゃんと約束したもん。アスカもみんなと一緒に楽しいことするの!」

「楽しいこと、って‥‥」

「先生としか遊べないのは、つまんないんだもん」

 いくら年齢は問わないとはいえ、さすがに小さな子供には、特別な授業プログラムが用意されている。そして忍者科に所属する子供は、現在アスカただ一人なのだ。

「アスカね、昔から姉様がほしかったの」

 彼女はそう言って、アーリィの服のそでをぎゅっと掴んで握りしめた。

「おねえちゃん、アスカと冒険してくれるよね?」

 大きくつぶらな瞳で、じいっとアーリィの顔をを見つめる。アスカの身を案じて反対していたアーリィだったが、当のアスカ本人から思わぬ攻撃を受け、困り果ててしまった。

「うーん‥‥でもなぁ‥‥」

 その時だった。教室の扉が、勢いよく開いた。

「やかましいっ! 入るんならさっさと入れ!」

 怒鳴りつつ、長身のエルフの男が顔を出した。

「おや。クラウド先輩」ルージャが、男を見て言った。

「ふん。聞き覚えのある声だと思えば、やはり貴様らか」

「こんな所で、何をなさってるんです?」

「バイトだ。正確に言えば、強制労働だがな。今朝になって無理やり駆り出されたんだ。まったく、あのババァには付き合いきれん」

「ババァ? ああ、受付はセディス先生ですか」

「そういうことだ。‥‥とにかく早くしろ。他の参加者はもうほとんど手続きをすませている。あとはお前らさえ終われば、俺もこの仕事から解放されるんだ」

 そう言い残し、クラウドは扉を閉めた。

「──というわけで、めでたくメンバーも六人揃ったことですし、受付に行くとしましょうか」

「勝手にまとめないでよ、ルージャ。まだこの子を仲間に入れるかどうかは‥‥」

「まあまあ、アーリィ」

 ユウキが言った。

「アスカのことについては、ルージャがロリコンだということで納得してやろう」

「‥‥ユウキ先輩、実は納得なんかしてないでしょ? 気のせいか皮肉を感じるんですが」

「それは何かの錯覚だろう」

 そう言いながら中に足を踏み入れたとたん、ユウキは目の前に迫り来る小さな火の玉と鉢合わせた。

「──!」

 火の玉は彼の頬をかすめて壁に衝突し、火花を散らして消えた。しかし、そのあとにはしっかりと焦げ目がついている。

「あ、ごめんね。退屈だったものだから、つい」

 部屋の向こうに腰掛けた美女が、笑いながらそう言った。

「当たらなかったでしょ? ま、あの程度じゃ当たってもヤケドですむけどね」

 一同の顔に緊張が走った。くすんだ赤色のローブをまとったその美女こそ、悪名高い魔術師科の教師、セディスである。若々しい外見に惑わされてはいけない。彼女は実は、二百歳を越える魔女なのだ。火炎系の魔法と、他人に迷惑をかけることを得意とする彼女に逆らったが最後、とうていヤケドではすまないだろう。

「私、こういう仕事は性に合わないのよ」

 黒い髪を手でなでつけながら、セディスは言った。

「ちょっと派手な授業で教室を全壊しちゃったからってねぇ。このセディスがデスクワークなんて、美貌と魔力の無駄遣いだわ。そう思わなくって?」

 何と答えていいかわからず、ユウキたちは沈黙を守るほかはなかった。

「そうでしょ、クラウド君?」

 セディスは今度は完全に、矛先を隣に立っているクラウドに向けた。

「はい。その通りです」

 感情のこもらない声でクラウドが言う。彼もセディスには逆らえないらしい。

「‥‥ほら、君たち」 セディスがユウキらに声をかけた。「そんな所で突っ立ってないで、早くこっちへいらっしゃいな」

 彼女は細くしなやかな腕を伸ばし、脇の机からペンと用紙を取り上げた。その指先だけを見ている限りは、誰もそれが炎と災害を撒き散らす凶器だとは思わないだろう。

「パーティー検定の申込みでしょ? ええと、剣士科のユウキに弓兵科のアーリィ、それから吟遊詩人科のルージャ・ヴィルトン、僧侶科のティーナ、そして忍者科のアスカ・イザヨイね」

 セディスはユウキたちの顔を見て、すらすらと用紙に書きつけた。

「あの、ボクたちのことをご存じなんですか」

「私はセディスよ。学生の名前と所属ぐらい、全部頭に入ってるわ。‥‥ところで、あと一人たりないみたいだけど」

「最後の一人は、そこにいるクラウド先輩ですよ」

 ルージャがクラウドを指さした。

「あら‥‥そうなの? クラウド君ったら、そうならそうと話してくれればいいのに。水臭いわねぇ」

 言いながら、セディスは椅子から立ち上がった。ローブの裾の乱れを直し、彼女は続ける。

「今回の検定について、軽く説明しときます。実施するのは二日後、会場は“学園長の試練場”よ」

 “学園長の試練場”とは、学生の訓練用に造られた模擬迷宮のことである。模擬とは言っても、そこはこの学園のこと。階層は地下百階以上にも及び、数々のトラップに加えて魔法で生み出された人造モンスターも徘徊する、恐ろしい場所となっている。

 検定の課題は、その“試練場”の地下五階にまで到達し、そこにいる教師の扮した悪の魔術師Aから護符を奪ってくること。そうセディスは語った。

「先着10パーティーが合格よ。他に質問はない? ああ、そうそう、リーダーとパーティー名を聞いとかないとね」

「リーダー‥‥?」

「パーティー名‥‥?」

 ユウキとアーリィは、おうむ返しにつぶやいた。セディスの瞳が険しくなる。

「もしかして、まだ決めてないとか言うんじゃないんでしょうね。──私、明日から有給休暇を取ってるの。この仕事さえ終われば、優雅なバカンスが待ってるってわけ。ランセル王国のユリティア・ビーチでね」

 セディスは立ったまま、机にバンと手をついた。

「青い海が私を呼んでるわ。邪魔する者はドラゴンだろうと灰にするわよ」

 実力的にも性格的にも、セディスならばやりかねない。ユウキたちは窮地に立たされた。

「リーダーは、やっぱりルージャがいいんじゃないか。いろんなことにも詳しいし」

「僕はまだ一年ですよ。それにリーダーは戦士がやるものと相場が決まってるんです。だいたい、勇者であるユウキ先輩がリーダーをやらなくてどうするんですか」

「とにかく何でもいいから、早く決めないと」

 セディスがこちらを睨んでいる。アーリィが、一歩前に進み出て、言った。

「先生、リーダーはユウキがやります」

「ちょっと、まだ俺は‥‥」

 セディスは、ユウキの言葉を意図的に聞かなかった。

「で、パーティー名は?」

 ルージャとアーリィが、また相談を始めた。

「パーティー名って、あのソーリスが言ってた“シャイニング・ブレード”みたいなヤツだよね」

「そうです。パーティーの功績は、そのパーティー名で伝わることになりますからね。うかつな名前をつけると、そのうち後悔することになりますよ」

「アスカね、“ぱんだ組”がいいと思うな」

「大事なお話だから邪魔しないでおきましょうね、アスカちゃん」

 アスカとティーナも加わってボソボソとやっていると、クラウドが近寄ってきて小声で忠告した。

「貴様ら、まだあのババァのことをよく理解していないようだな」

「え?」

「──時間がかかるようだから、先生が勝手に決めちゃうわよ」

 セディスの明るい声に、一同は振り向いた。しかし止める間もなく、セディスは用紙に何やらスラスラと書きはじめた。

「よし、できた。‥‥勇者ユウキと仲間たち、と」

「‥‥ええーっ!?」

 言ったそばから、彼らはうかつなパーティー名をつけられてしまった。

「文句があるんなら、とりあえず仮称ってことにしといたげるわ。検定に合格してから、ちゃんとした名前を決めなさい。   さて、と」

 セディスは、白紙の用紙の束を手に取った。と、見る間にそれは、跡形もなく燃え尽きてしまった。

「ちょうど用紙もなくなっちゃったし、受付はこれで締切りね。うふふ、ユリティア・ビーチって、十七年前に生まれた王女の美しさにちなんで、その名をたまわったそうなの。生まれたばかりの赤ん坊に美しさも何もないと思うけど、王族の名を冠するぐらいだからさぞかし綺麗な所なんだわ‥‥」

 楽しそうにハミングしながら、彼女は記入済の用紙を抱え、軽やかな足取りで扉に向かった。

「じゃあ、頑張ってよね。クラウド君もご苦労さま。今回で、借金は銀貨7枚分だけチャラにしたげるわ。それじゃあねー♪」

 踊りださんばかりに嬉しそうにそう言うと、セディスの姿は消えた。

「教師に借金があるんですか、クラウド先輩?」

「ああ。さすがに他人から巻き上げるのにも限界があるからな。もっとも、普通なら借金なぞ踏み倒すところなんだが、あのババァからだけは逃げられん。‥‥過ぎた日の、あやまちだ」

 遠い目をしてクラウドは言った。彼は、できれば二度とセディスには帰ってきてほしくなさそうだ。

 アーリィが、独り言のようにつぶやいた。

「検定かぁ。急に話が進みすぎて、あまり実感がわかないなー。次は何をしたらいいんだろう? ね、リーダー」

 アーリィから振られた話を、ユウキはそのまま他人に回した。「まかせるよ、ルージャ」

「また僕ですか? ‥‥そうですね、景気付けに学食にでも行くのはどうでしょう。詳しい自己紹介と今後の作戦会議、それにもちろん昼食を兼ねまして、ね」

「そうだね。そうしよう」

 アーリィがうなずき、ティーナはクラウドのそばに寄って言った。

「クラウドさんも御一緒にどうですか?」

 クラウドは顔をそむけた。

「ふん。俺は貴様らとパーティーごっこをするつもりはない。言ったはずだ。協力するのは受付の時だけだとな、ティーナ‥‥とやら」

「ティーナ。そんな奴にかまうことはないよ」

「アーリィさん‥‥でも‥‥」

「いいから!」

 アーリィに引っ張られるようにして、ティーナは皆に続いて部屋を出た。しかし、扉のところでもう一度立ち止まり、振り返る。

「あの‥‥」

「何だ?」

 クラウドはぶっきらぼうに答えた。

「名前‥‥覚えていてくれたんですね」

 そう言ってティーナは微笑んだ。

「ありがとうございます。それでは、また‥‥」

 遠ざかっていく足音を聞きながら、クラウドは独りごちた。

「──馬鹿馬鹿しい」




*                   *


 ゼニガメッシュの学生食堂──全学生の生命を預かると言っても過言ではない、ラグナロック学園の重要施設の一つである。何よりもそのメニューの安さにおいて生徒たちに好評であり、その秘密は魔法によって材料を大量生産していることにある。そのため、ときおり皿の上のトマトが宙を飛び回ったりするなどの愉快な事件も起こるが、まあこの位は愛嬌と言えよう。

 さて、一国の王城の大広間もかくや、というほどのスペースを持つこの食堂であるが、お昼どきにはさながら戦場のようになる。

「──おっとっと」  ルージャが二つのトレイを器用に運びながら、ユウキたちの待つテーブルに座った。

「ええと、これで注文したものは全部ですよね」

「ルージャ、日替わりランチこっちにお願い」

 皿を受け取ったアーリィは、少し眉をひそめた。

「ボク、ホウレン草はダメなんだ。ユウキにあげる」

「‥‥へえ。君は、苦手な物なんかなさそうだと思ってたけどな」

「そういうことを知るために、こうして集まったんですよ」

 コップを手に取りながら、ルージャが言った。

「僕たちのほとんどは、知り合ってまだ日が浅いですからね。ここらで一発、お互いをより深く理解すべく、詳しい自己紹介なんかをやっちゃいましょう。──じゃあ、ティーナさんからお願いできますか?」

「えっ? 私‥‥ですか?」

 彼女は驚いたように、向かいに座ったルージャを見た。自分が一番に指名されるとは思っていなかったらしい。ルージャはただ微笑んで、目でティーナをうながした。彼女の引っ込み思案な性格を少しでも改善するための、ルージャなりの配慮なのかもしれない。

「ええっと‥‥その‥‥」

 ティーナは少しの間、膝の上で手をモジモジさせながらうつむいていたが、やがて意を決して顔を上げる。

 ‥‥と、その瞳がルージャの背後のほうを見て止まった。

「あら? あれは──ちょっと待ってくださいね」

 彼女は、笑みを浮かべて立ち上がった。

「来てくださったんですね。クラウドさん」

「え!?」

 アーリィたちが驚いて振り向くと、そこには確かにあの長身のエルフが立っていた。

「おやまあ。どういう風の吹き回しですか、クラウド先輩?」

「ふん。勘違いするなよ」

 ばさり、とマントを後ろに払い、クラウドは偉そうに言った。

「──空腹が、俺をここに呼んだのだ」

 ルージャの隣の席に、どっかと腰を下ろす。

「もちろん、貴様らのおごりだろうな?」

「お金がないなら素直に言ったらどうです?」

 クラウドは、仲間らしい付き合いをしに来たと思われるのは耐えられないが、昼食をたかりに来たと思われるのは平気らしい。妙なプライドの持ち主である。

「ともかくこれで全員揃ったことですし、自己紹介を続けましょうか。ティーナさん、これまでの生い立ちとか冒険者になる目的とか3サイズとか、何でも好きなことをどうぞ」

 ルージャは、クラウドの分の昼食も律儀に持ってきてやったあと、言った。

「はい‥‥」

 ティーナは目をつぶってしばらく考えていたが、やがて静かに語りだした。

「私の父は、この学園を卒業した冒険者でした。ふとした縁で母と出会い、愛し合うようになり‥‥そして、私が生まれたんです」

 わずかにそこで言葉が途切れた。彼女は小さく息を吸い込み、続けた。

「けれども父は、私が生まれてまもなく冒険中の事故で亡くなってしまいました。私が父からもらったものは、ほんの短い間だけの愛情と、それからこの名前だけだったのです。数年後、母もあとを追うように病死し、私は学園の施設に入ることになりました」

「‥‥仕事中に死亡した冒険者の遺族に対しては、そういう制度があるんですよ」

ルージャが横から解説する。アーリィがティーナに聞いた。

「そういう所での生活って、何かと不自由したんじゃない?」

「いえ、そうでもありませんわ。父の友人という匿名の方が、毎月お金を届けてくださってましたし‥‥私はそれほど困っていなかったので、ほとんど施設に寄付していましたけれど」

「なっ‥‥!」

 クラウドが突然立ち上がった。

「なんと馬鹿なことをするんだ! そんなことをして何か得があるのか? それじゃあ、その父の友人とやらも立場がないだろうが」

「あんたみたいな金の亡者と、ティーナを一緒にしないで」

 アーリィに言われ、思わず怒鳴っている自分に気づいたのか、クラウドはゆっくりと座りなおした。

「まったく、甘ちゃんにも程があるぜ‥‥まあいい、続けろ」

 ティーナは少し戸惑ったような表情をしていたが、再び話しだした。

「その施設では、冒険者になることを強制されるわけではなく、十五になったときに自分で将来を決められるのですが‥‥私は、僧侶になる道を選びました。少しでも困っている人のお手伝いができればいいな、と思ったんです。そしていつか一人前になったときには、父の友人と名乗るあの人を捜し出して、ぜひお礼がしたいと‥‥」

「余計なことは考えるな。自分のことだけを思って暮らしてりゃいいんだ」

「あんたは黙ってなよ」

 相変わらず、アーリィとクラウドはいがみ合っている。

 ティーナは手を口元に当て、続きを考えているふうだったが、何を思ったか急に顔を赤らめた。

「他には‥‥えーっと‥‥その‥‥」

 彼女は、頬を染めたまま、うつむき加減でルージャに問うた。今にも消え入りそうな声だ。

「あの‥‥3サイズ‥‥とかも言わなければいけませんか‥‥?」

「あ──言いたくなければ別に結構ですよ」

 答えてから、ルージャは小声でつぶやいた。

「いちいち本気にされると、少しやりづらいですね‥‥」

 やはり、よくわからない少年である。

「では、これで終わらせていただきます。口下手で、どうもすみません」

 ティーナは席に腰を下ろすと、ほっとしたように息をついた。そんな彼女を見て、アーリィが苦笑まじりに言った。

「いちいちそんなことで謝らなくていいよ。仲間なんだしさ」

 珍しく、クラウドもアーリィに同調した。

「そうだとも。人生において頭を下げるのは、金を拾うときだけで充分だ。だいたいお前には、エルフの誇りというものはないのか? 確かに母親からだけしか受け継いでいないかもしれんがな」

 横で聞いていたルージャが、ぷっと吹き出す。

「なぜ笑う」

「いえ、まさかクラウド先輩の口から『エルフの誇り』などという言葉が出るとは思わなかったもので」

「──ふん」

「あれ?」

 アーリィの何か思いついたような声に、クラウドは動きを止めた。

「あんた、なんでティーナの母親のほうがエルフだってわかったのさ? ティーナは言ってないはずだよ」

「ん‥‥ああ‥‥ティーナというのは、明らかに人間が付けた名前だからな。名付けたのは父親なのだろう? それに、そいつの顔は間違いなくエルフの女性の血を引いている」

「そうなんですか。私、あまり母の顔は覚えていないんですけれど」

 ──ちゃららん。

 突然、弦楽器の音が辺りに響いた。いつの間にやらルージャが、どこからか取り出したリュートを抱えている。

「いきなりどうしたの? ルージャ」

「いや、たまにはこういうことをしないと、僕が吟遊詩人だということを忘れ去られちゃいますからね。専門用語で、個性付けとかキャラを立てるとかいうヤツですよ」

 ルージャは、リュートを弾きながら続けた。

「じゃあ〜次は〜僕の番ですねっと♪」

 そして彼はリュートを置き、立ち上がった。

「ルージャ・ヴィルトン、吟遊詩人科の1年生──というのは、前にお話しした通りです。3サイズは86・62・81、好きな食べ物はポップコーン、花も恥じらう十六歳です」

 脳天気に話すルージャに、ユウキが冷たい視線を向けた。

「あのさ、ルージャ」

「はい?」

「それのどこが『お互いをより深く理解する』ための自己紹介なのか、得意の解説で俺に教えてくれないか」

「‥‥うーん、嫌味ですねぇ」

 ルージャは腕を組んだ。

「そうそう、僕としたことが、大事なことを言い忘れてましたよ。──座右の銘は“寝る子は育つ”です」

「みんな、新しい吟遊詩人を探そう」

「ちょ、ちょっと待ってくださいよ。僕には『実は伝説の勇者』とかいう裏設定も、涙を誘う数奇な生い立ちも、巧みに張られた伏線もなーんにもないんですよ。残念なことに、話すことと言ったらこの程度しかないわけでして」

「いいけどな」ユウキは意外にあっさりとそう言った。「何を隠してるのかしらないけど、そのうち嫌でもわかるときが来るだろうし」

「あはは。まあ、そういうことにしといてください」

「おかわりー!」

 そのとき、無邪気すぎる声が、少し白けかけたその場の雰囲気を完璧に粉砕した。

「どうも静かだと思ってたら‥‥食べるのに夢中だったのね」

 アーリィが、アスカの口の周りをぬぐってやった。

「こんなに食べさせていいの、ルージャ?」

「幼年寮の寮母さんには、話してきたんですけどね」

「だって、寮の給食はお野菜がいっぱい入ってて、おいしくないんだもん」

 アスカは、スプーンをくわえたままそう言った。

「ところで、この子、何歳なの」

「アスカはねぇ、これだけ」

 そう言ってアスカは、両手の指を全部広げて突き出す。

「十歳?」

「来年からは、足の指も使うんだよ。すごいでしょ」

 アーリィはそれ以上尋ねる気力を失った。

「アスカさんについては、忍者科でイザヨイ一族頭領のお孫さんということでいいでしょう。あの一族は、色々と外に漏らしてはならない秘密もあるらしいですしね」

 アスカなら、そういうことまでペラペラと喋りかねない。それを知ってしまったために命を狙われたりするのは御免だ。皆はそう思った。

「じゃあ次は、ボクかな」

 アスカの隣はアーリィである。

「うーん‥‥ボクも、特に話すことなんてないからなぁ‥‥」

「あの、アーリィさん」ティーナが口を挟んだ。「‥‥あの呪いのこと、ちゃんと皆さんに話しておいたほうが、いいんじゃないでしょうか。これから仲間として、一緒にやってい くんですし‥‥それにルージャさんやクラウドさんなら、何かいい方法をご存じかもしれませんよ。私の力量ではまだ解呪は無理ですけれど」

 皆の視線が、アーリィに集中した。

「呪い?」

「──もう、ティーナったら。そこまでバラされたら、話すほかないじゃんか」

「あ‥‥すみません‥‥」

「ううん、いいよ。ティーナの言うことも、もっともだし。仲間にこんなことを隠してるなんて、卑怯だよね」

「卑怯のどこが悪いと言うんだ」

 そう言ったのは、もちろんクラウドである。彼は、これまで口をつけていなかったグラスをあおろうとした。

「あ、ちょっと待って、クラウド。それ、お酒だよね?」

「ああ。そうだが?」クラウドは不審そうに問い返す。

「実際に見てもらうのがいちばん早いね。ボクがかかった呪いは、アルコールに反応して発動するんだ。‥‥ちょっと、そのグラスちょうだい」

「いくら払う?」

「あんたの買った酒じゃないでしょ」

 アーリィは、安酒のつがれたグラスを自分の前に持ってきた。

「ちゃんと見ててよ。ホントはあんまり、やりたくないんだから」

 彼女は、腰に吊るした小剣を外して皆に見せた。

「この剣、前に他の学生から買い取ったんだけどさ。ところが、しっかりと呪いがかかってたってわけ」

「それはいけませんねー」

 ルージャが眉をひそめた。

「校則第49条で、学生同士のアイテムの売買は禁止されているはずです。特に武器などに関しては、第50条においてボッタクルの購買部で鑑定を受けることが義務づけられてますし」

「でも、あそこの鑑定料、バカ高いんだもん。今となっちゃ後悔してるけどね」

 アーリィは深くため息をつくと、グラスを手に取った。

「‥‥じゃあ、やるよ」

 目をつぶり、グラスを唇に当て、そして一気に飲み干す。途端に異変が起こった。彼女の身体全体が、夜光虫のように、ぼうっとした薄い緑色の光で覆われはじめたのだ。同時に剣のほうは鈍い紅に輝きだしている。収束する緑の光と膨れあがる赤の光とは、絡みあい、混じりあい、やがて唐突におさまった。

 そして、もうそこには、アーリィの姿はなかった。厳密に言うならば、姿はあったがアーリィではなかった。

「むぅ‥‥ここは‥‥?」

 野太い声が漏れた。赤銅色に日焼けした筋肉を持つ、たくましい中年の男がそこにいた。

「お姉ちゃんが、ごっついオヤジになっちゃった‥‥」 アスカがつぶやいた。「すごーい。アスカもできるかなぁ」

「できるワケないし、できてもやるなよ」

 ユウキが言い、ティーナの顔を見た。

「これ‥‥アーリィなのか?」

「いえ、違います。アーリィさんは、そこに」

 ティーナが指をさした。椅子の上には、先程の光を思わせる薄緑の見慣れぬ剣があった。

「この剣が、アーリィ‥‥!?」

「ははぁ。わかりましたよ」

 ルージャが、横からさえぎった。

「大の禁酒派で知られた魔術師ミザーレが百年前に開発した有名な呪法です。アルコール類を口にすると、別の物に姿を変えられてしまうという‥‥。本来は自ら酒を断つための誓いとしての術だったのですが、最近では悪用されることのほうが多いですね」

「迷惑な話だな」

「まぁ、呪いなんて、そういうもんですし。で、もともとアーリィ先輩の剣は、その男性が呪いで姿を変えられたものだったんですね。そうと知らずに先輩がうかつに使用したため、呪いが伝染し、お酒をきっかけにして立場が入れ替わるようになってしまった、と」

「じゃあ、そこの男は‥‥」

 問題の男は、しばらく意識がはっきりしないようだったが、やがて我に返ったらしく、いきなり声を張り上げた。

「なんだ、この騒ぎはっ!? まさかここは戦場か!? よーし、それならば話は早い! さあ敵はどこだ!?」

 男は拳を振り回した。それに当たった椅子の背が、粉々に砕け散った。

 吹っ飛ばしたのでも、折ったのでもない。文字通り粉砕したのだ。破壊力が並でないことを物語っている。

「あの、カシムさん、落ちついてください!」

 ティーナが必死で止める。彼女の顔を見て、男は何かを思い出したようだった。

「おお、君は以前に会ったな。‥‥ということは、また呪いが発動したのか。いやはや、厄介な呪いだ」

「‥‥ちょっと待ってくれ」

 ユウキが言った。

「あんたは、呪いが解けた途端、いつもそうやって暴れるのか?」

 彼は、破壊された椅子のすぐ隣にいたのだ。言いたくなるのも無理もない。

「うむ」男は重々しくうなずいた。「私も様々な人の手を渡ってきたが、ものが剣だけに、危険な場面でいきなり人の姿に戻されることもしばしばでな。常に、こうして状況を確かめることにしている」

「確かめる?」

「ああ。攻撃してみて、反撃してきたら敵だ」

「‥‥‥‥」

 ユウキは沈黙した。代わってルージャが尋ねる。

「反撃してこない場合はどうなるんです?」

「それは味方に決まっているだろう」

「いや‥‥反撃の暇もなくやられたときのことを聞きたかったんですがね」

 ルージャは小声でつぶやいた。

「ところで君たちは、剣となった私の持ち主である少女の友人だな? 自己紹介が遅れたが‥‥我が名はカシム、旅の傭兵だ。とある魔術師によってこのような呪いをかけられて以来、不運な人々の手から手へ渡り歩いている。‥‥まったく、因果な身体だ。私だけならまだしも、持ち主の娘さんにまで迷惑をかけてしまうとはな」

 そう言って、カシムは酒のグラスを手に取った。

「私はこれで戻るとしよう。せっかくの食事の席を邪魔してすまなかったな」

 カシムが酒を口に含むと、先程とは全く逆の現象が起こった。カシムが赤い光に包まれ、それが消えたときには、椅子の上には元通りアーリィがいた。

「‥‥はぁ‥‥」

 何と言っていいやらわからない一同の、沈黙を破ったのはアーリィ自身だった。

「見た‥‥でしょ? これがボクの“呪い”なの。ごめんね、隠してて」

「そう気にするな」クラウドが言った。「そんな呪いじゃ、隠したくもなるだろう。むしろ貴様の勇気には感服する。俺なら、そんなことを他人に知られた日には、もう生きていけんな。自分が剣になって誰かと入れ替わり、しかもその相手がむさい中年とは‥‥。まったくもってどうしようもない。先の人生まっくらだ。その歳で、可哀相にな‥‥」

「──あんた、慰めになってないよ」

「当然だ。どうして俺が貴様を慰めねばならんのだ」

「‥‥‥‥」

 アーリィはテーブルに突っ伏した。

「あぁ‥‥それこそ酒でも飲まなきゃやってらんない状況なのに、よりによってアルコールに反応するんだもんなぁ‥‥」

 そうブツブツと愚痴りはじめる。さっきの一杯がもう効いてきているのかもしれない。

「寺院で解いてもらえないんだろうか?」と、ユウキが言った。

「そんな気軽に言うほど──安くないんだよ。こういう場合は学割も使えないしね。もし検定に合格できたら、実習の報酬が貰えるようになるし、呪いを解くお金だってできるかもしれないけど」

「ん‥‥ちょっと待てよ。呪いにかかったのは、学園に来てからなんだよな。じゃあ、そもそも冒険者になろうと思ったのは、どうして?」

 ユウキが尋ねた。アーリィは、少しためらったあと、小さな声で答えた。

「親父を、探すためだよ。ボクが生まれてすぐに、母さんとボクを捨てた男をね」

 図らずもアーリィの意外な事情を聞いてしまい、ユウキは当惑した。しかし同時に納得もした。彼女の時折見せる、男性に対する不信がにじみ出た言動は、これが原因なのだろう。

「見つけたからって一緒に暮らそうとは思わないし、償いとか謝罪とかをしてほしいわけでもないけど‥‥今のままじゃ、どうにも落ちつかなくってさ。今のボクは、男も女も好きになれなくて、どっちにもなりきれない中途半端な人間で‥‥。だから、親父に会うことで確かめたいって思う。上手く言えないけど、色々なことを」

 言い終わると、アーリィはしばらく無言で顔を伏せていたが、突然がばっと跳ね起きた。

「やめたやめた。こういうこと言ってたって、どうにもならないや。まずは明日のことだけを考えよう」

 明るく立ち直った彼女は、景気を付けるように大きく伸びをすると、勢いよく後ろにもたれかかった。

 ──しかし、背もたれはカシムによって破壊されていた。

「大丈夫か?」辺りに響いた派手な音がおさまってから、ユウキは床に転がっているアーリィに向かって静かに言った。

「‥‥平気」

「アーリィ先輩って、そういうの多そうですね。転んだりとか、ぶつかったりとか。元気がありすぎて、身体の動きが過剰になるんじゃないですか」

 ルージャが言い、ユウキが思いついたように言った。

「そうか。それでいつもズボンなんだな」

 アーリィは昨日はジーンズ、今日はショートパンツである。

 ただ、そういう男っぽい服装や言葉づかいも、生い立ちの事情というものが関係しているのかもしれなかった。本人がそのことを自覚しているかどうかはわからないが。

「あんたらね、少しは助け起こそうとか思わない?」

 自力で起き上がりながら、アーリィは言った。

「あの、お怪我はありませんか、アーリィさん」

「まったく‥‥ティーナだけだね、思いやりがあるのは。あとは薄情な奴ばっかりだ。──特にクラウド、足どけてよ」

「はて、何のことだ?」

「ボクのポケットから転がった銀貨、さりげなく踏んづけたでしょ。見てたんだからね」

「ふん。そんなこともあったか。まあ、気にするな」

 アーリィは強引に銀貨を奪い返した。クラウドは舌打ちした。

「チッ。この守銭奴めが」

「‥‥あんたって‥‥」

 二人の様子を見ていたルージャが、楽しそうに言った。

「こうして集まって正解でしたね。見事に親睦が深まってますよ」

「そうかなー‥‥?」

 そのとき、満腹になったせいか、うつらうつらと居眠りしていたアスカが、椅子から転げ落ちそうになった。そのアスカを支えてやりながらルージャは言った。

「じゃあ、今日はそろそろお開きとしましょうか。明日の検定に備えてゆっくり休んでおいてくださいね」

「待ち合わせはどうする?」

「そうですね‥‥検定の始まる午前九時に試練場の前に集合ということで、どうです」

「そうだな。じゃあみんな、遅れないで来てくれ」

 あくまで事務的にそう告げて、ユウキは面倒そうにつぶやいた。

   やっぱり、俺がリーダーでないとダメなのか? 向いてないと思うんだけどな」

「何を言ってるんですか。ユウキ先輩には、人をまとめる魅力と指導力がありますよ。先輩がそれを、知らず知らずのうちに押し込めて殺しているだけです」

「‥‥お前も、理事たちと似たようなことを言うんだな。俺にはそんなものはないよ」

 ルージャは、首を振った。

「なくした物は、えてして探せば探すほど出てこないものですからねー。でもあきらめちゃいけませんよ。ある日ふと、引出しの奥みたいな、何でもないところから見つかるハズです」

 それらしいBGMを自分で奏でながら、ルージャはユウキに語った。

「今までの自分がどうであれ、それに縛られることはありません。日替わりランチが毎日同じだったら苦情がくるじゃないですか。昨日は昨日、明日は明日、人生は望みを叶えるためにあるんですから」

 最後ににっこり笑い、ルージャはしめくくった。

「先輩がどう思おうと、これまでとは違いますよ。ここにこうして僕たちがいるんですからね。あまり難しく考えこまないで、気楽に行きましょう」

 アーリィが横から二人に声をかけた。

「なんか、どんどん混んできたし、そろそろ帰ろっか。じゃ、また明日ね」

 一人を除き、全員が席を立った。

「クラウドさんは、どうされるんですか?」

 ティーナの問いに、彼は無愛想に答える。

「俺は自分の得になることしかせん。検定だろうが何だろうが勝手にするがよかろう。俺にはもう関係のないことだ」

「‥‥行こう、ティーナ。こう言ってる人を無理に付き合わせるわけにはいかないよ」

 ティーナは仕方なくうなずき、アスカの手を引いたルージャや、ユウキ、アーリィのあとに続いた。

「けっきょく、魔術師は抜きか」ユウキが言った。「明日の検定は少しつらくなるな」

 振り返ってみると、クラウドはユウキたちの食べ残しを、布に包んで袋に詰めているところだった。

「‥‥‥‥」

「どしたの、ユウキ?」

「いや‥‥別に‥‥」

 ユウキはクラウドについて深く考えるのはやめにした。戦力にはなるかもしれないが、クラウドと共に行動するのは、色々と問題がありそうだ。ここは自分たちだけでなんとかすべきだろう。

「そうだな。頑張るしかないんだ」

 自分が何を望んでいるのかはわからない。しかし少なくとも今の自分には、リーダーとしての責任がある。

「──流されているだけにしろ、全く動かないよりはマシだよな」

 彼は、そう口の中でつぶやいた。





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