「僕は見かけほど、

おバカさんじゃありませんからね」












「祭壇って、建物の中にあるんじゃないの?」

 寺院のわきの小道を歩きながら、アーリィがティーナに尋ねた。ティーナは微笑んで答える。

「第四神、《海》のクライス様は──平和と友愛、そしてその象徴である水を、司っておられる神ですから」




   第三章 寄せ集められし者たち

 

 背の高い針葉樹に囲まれ、小さな泉がある。何かの力で守られているのだろう。水面には塵一つ浮いておらず、さざ波に揺れる風景を神秘的に映している。

 そしてその前に、青い宝珠が埋め込まれた、大理石の祭壇があった。そこにはすでに朝の分の奉納品が捧げられていた。

「へぇ。綺麗な所だね」

 辺りを見回しながらアーリィは言った。

「こんな場所で昼寝でもしたら、気持ちいいだろうな。あそこの上でさ」

 祭壇を指さす。ティーナが、その整った眉をひそめた。

「いけませんわ、そんな‥‥」

「冗談だよ、冗談」

「もしそんなことをしたら──クライス様がお泣きになられます」

「‥‥怒るんじゃなくて?」

「クライス様はお優しい方なんです」

 第四神クライスは、気弱で泣き虫な女神として知られる。他の神が、畏怖や感謝によって信仰されるのに対し、クライスの信者たちの信仰心の源は『保護欲』なのである。男性からのファンレターも、最も多い。

「奉納品って言っても、それほど高価なものはないんだな」

 カゴをのぞきこみながら、ユウキが言った。中に入っているのは、果物や木彫りの神像、あるいは花などが大半である。

「寄進していただくのは、学生さんばかりですもの。それに、値段など関係ありませんわ。心がこもっていれば、それでいいんです」

「心、ねぇ‥‥」

 ユウキは、カゴの中から、『クライス様 命』と染め抜かれたタオルをつまみあげた。

「確かに、ある種の心はこもってるかもしれないけど‥‥」

 手にしたタオルと、祭壇に並べられたものとを見比べる。

「でも、まともで高価そうなのもあるな。あそこのタペストリーとか」

 ユウキの指さした先には、青と水色を基調にした美しいタペストリーが、他の奉納品にまじって広げられていた。

 ──もぞり。

 ユウキの指の先で、タペストリーが動いた。

「え?」

 タペストリーの下から、腕が伸び、それをめくりあげる。一人の男が祭壇の上で身を起こした。

「‥‥人が気持ち良く昼寝しているというのに。何だ、貴様らは」

 長い金髪を片手でかきあげ、男は言った。ちらりと尖った耳が見える。

「さ、さ、祭壇から降りて下さいっ」

 ティーナが震える声で言った。

「そんなことをしては、クライス様が可哀相ですっ」

「ふん」

 男はタペストリーを投げ捨て、地面に降り立った。かなり背は高い。そしてその長身の腰まである見事な金髪と、それに負けない美形な顔だち。身につけているのが灰色のマントでなければ、この神聖な祭壇と美しく調和していたかもしれない。

「どこで寝ようが俺の勝手だろう。それとも何か? 神というものは、俺の穏やかな昼下がりのまどろみ程度で力を乱すようなケチくさい存在だとでも言うのか? ‥‥くっくっく‥‥」

 男は、不気味な含み笑いを響かせた。まさに悪の魔術師といった風情である。

「──あっ!?」

 ティーナが突然、声をあげた。

「ひょっとして、そのタペストリーは、寺院の!」

「そうだ。つごうよく中に掛かっていたから、いただいてきた」

「なんてことを‥‥」

「しかし、一目で寺院のものとバレるようでは、こいつは売り飛ばせんな。ちっ」

 男はタペストリーを踏みつけた。

「‥‥これは、間違いないね」

 アーリィが、拳を握って前に進み出る。

「いつもいつも奉納品を盗んでいるのは、あんただなっ!」

「盗む?」

 男は祭壇の上からよく熟れたリンゴを手に取り、言った。

「困っている者を助けるのが神だろう。俺は金に困っているんだ。いただいて何が悪い」

 そして、リンゴを一口かじり取る。アーリィの理性は完全に吹っ飛んだ。

「あんた、いったい何者なのさ!?」

「俺か? 俺は──」

 マントをばさっと後ろに払い、男は誇らしげに名乗った。
「盗賊科4年生(レベル)、人呼んで“闇の旋風”バルジ様だ!」

「“闇の旋風”バルジ‥‥!?」

「そうだ、おぼえておくがいい。‥‥くっくっく‥‥」

「──デタラメな偽名を使っちゃいけませんよ、クラウド先輩」

 突然、アーリィたちの背後から声がした。

「それらしい通り名まで付けちゃって、芸が細かいですねー」

「‥‥ルージャ?」

 現れたのは、先程の吟遊詩人のタマゴだった。

「偽名、だったの? あんなにカッコつけて名乗っといて?」

「本名を教えたら、すぐに捕まるじゃないですか。その人は決してそんな真似はしません」

 灰色マントの男は、ルージャをにらみつけながら、問う。

「俺の名を知る貴様は、いったい何者だ?」

「この学園で、僕の知らないことはありませんよ。‥‥アーリィ先輩、この人は魔術師科のクラウドと言いまして、出席日数不足のために留年を重ねて十数年、万年2年生(レベル)の“留年王”と呼ばれる人物。凄まじい実力を持ちながら、卑怯な手しか使わないという困った人です。種族は、エルフですね」

「エルフぅ!?」

 クラウドという男の顔とルージャの顔を交互に見比べながら、アーリィは言った。言われてみれば、外見は確かに典型的なエルフの特徴を備えているのだが──。

「エルフってのはもっとこう‥‥優美で繊細で知的で誇り高い種族じゃなかったの?」

「そうだ。俺の読んだ本にも、たいていそう書かれてあったぞ」

 と、ユウキも口を挟む。間違っても、エルフというのが祭壇で昼寝をし、無茶苦茶な理屈を付けて奉納品を失敬したうえ、偽名を使って難を逃れるような種族であるとは書かれていなかった。

「まぁ、それは異種族間にありがちな偏見ということで。どこにでも例外というのは存在しますしね」

「ああ、そうとも。他のエルフがどうであろうと、俺は俺。自分の好きなように生きるさ」

 そう言って男は高笑いした。

「あ、あんたねぇ!!」

 アーリィが身構えた。──と、それをティーナが手で制した。

「アーリィさん、暴力はいけませんわ」

 彼女は、まるで警戒もせずに、すたすたとクラウドに近寄っていく。

「クラウドさん」

 まっすぐな瞳でクラウドを見つめ、毅然として言う。

 今の彼女は、信念が、内気な性格を上回っているのだ。

「本当にお困りなのでしたら、奉納品はいくらでも差し上げます。けれど、クライス様や信者の皆さんへの感謝の気持ちは忘れないで下さい」

 クラウドは、自分より頭二つ分は背の低い少女を、じっと見下ろしていた。しばしの間を置いて、その唇が動き何か言おうとした。しかし彼は、出るはずだった言葉を隠すかのように顔をそむけると、苦々しげに言った。
     ....
「ふん。あいのこが」

 途端、ティーナの身体がぴくりと震えたのが、後ろで見ていたアーリィたちにもわかった。

「ちょっと! 言っていいことと悪いことがあるよっ!」

 アーリィが叫び、地面を蹴った。

「‥‥もう許せない! どいて、ティーナ!」

 クラウドがティーナを脇に突き飛ばした。そしてそのまま、アーリィの放った蹴りを腕でブロックしようとするが、こらえきれずに後ろに弾かれる。

「チッ‥‥! なんて女だ」

 悪態をつきながら、クラウドはマントの内側から何かを取り出した。

 アーリィは瞬時に判断する。‥‥短剣? 投げるつもりだろうか。だが、魔術師科の学生の投げた短剣に当たるほど、自分は鈍くない。

 彼女は、かまわず間合いを詰めようとした。クラウドが何やら気合を込めた。次の瞬間、彼の手に確かに握られていた短剣が、かき消えた。

「えっ‥‥!?」

 戸惑うアーリィに向かって、クラウドは何かを投げるような動作をした。風を切る音がし、一拍遅れてアーリィの頬に赤い血の筋が浮かび上がる。

「──透明化の魔法ですね」

 いつの間にか、近くの切り株に腰を下ろし、状況を眺めていたルージャがつぶやいた。

 本来なら、これは貴重品を盗難などから保護するための魔法であり、透明にできる範囲も時間も限られている。ごく初歩で、使用頻度も低い術であるが、そんなものでもこの男ドが使えば恐ろしい魔法に変化するのだ。

「貴様、戦士系のようだな。ならば、近づく暇を与えず始末するまでだ」

 クラウドは、再び懐に手をやった。取り出されたのは、一枚のカードと、銀貨だった。

「カード・マジック‥‥。魔術師科の本領発揮、というところですか」 と、ルージャ。

 人が、単独で扱える魔法には限界がある──精神力においても、呪文を組み立てる技術においても。それを補うのがカードとコインだ。ルージャの言う通り、魔術師たちの切り札であり、単なる田舎の呪い師レベルの者と本職の魔術師とをわける境界でもある。

 クラウドが起動呪文を唱え始めた。

「汝、冷たき輝きのコインに宿る魔力よ──逆位置のカード『皇帝』の導きに従い、その力を解放せよ!」

 叫びと共に、銀貨を指で空中に弾き上げる。

「くらえっ、“氷皇斬”!!」

 銀貨に蓄えられた魔力が、カードに内蔵されている実行呪文により、攻撃魔法となって発動した。

 宙を舞う銀貨が、飴細工のように細長く伸びる。さながら銀の剣である。白銀に輝く刃は、きらめく氷の結晶をまとい、アーリィに襲いかかった。

「これが、魔法‥‥!」

 戦士系であるアーリィは、実際に目の前で攻撃魔法を使われるのは初めてだった。もっと学生(レベル)が上がれば、魔術師相手の戦い方も学ぶのだろうが、今の彼女では対処に困るのも無理はない。

「ユウキ先輩、助太刀はしないんですか?」

 頬杖をついたまま、ルージャが尋ねた。

「いちおう一対一の戦いだからな。アーリィのプライドもあることだし、手出ししたものかどうか迷ってる」

「クールですね」

「そういうお前も、さっきから解説役に徹してるじゃないか」

「吟遊詩人に、それ以上のことを期待しないでくださいよ」

 軽い調子で言いながらも、ルージャは目を細め、意識は戦いの方に集中させている。まるで、アーリィとクラウドの力量を計ろうとしているかのようだ。

 一方、戦っている当事者のアーリィは、薄情な傍観者たちにかまっている余裕はなかった。

 地面に手をついて倒れ込み、かろうじて氷の刃をかわす。かすめた肩口に、痛みをともなって、異常な冷たさを感じる。それをこらえ、何とか身を起こしたアーリィの目に、短剣を構えて突進してくるクラウドの姿が映った。

「‥‥魔術師が、接近戦!?」

 思わずアーリィは驚きの声を漏らす。

「相手が予想していないだけに、この場合は有効な手段ですよ」

 例によって解説を入れ、ルージャは隣を見た。

「やっぱり手伝ってあげたほうがいいんじゃないですか、ユウキ先輩。‥‥あれ?」

 いつの間にか、すぐ横にいたはずのユウキの姿がない。

 クラウドの声が響く。

「──終わりだ、小娘!!」  そのとき、彼の視界いっぱいに、何かが広がった。さっきのタペストリーだ。反射的に短剣を突き出すも、返ってくるのはむろん、布を裂く軽い感触だけ。彼の上半身はタペストリーにからめとられた。

「それ以上やる必要はないだろ。たかが、つまらないもめごとじゃないか」

 タペストリーを放り投げた姿勢のまま、ユウキは静かに言った。

「ちっ‥‥!」

 クラウドは、短剣でタペストリーを目茶苦茶に切り開き、自由になった。すでにズタボロの布切れと化したそれを投げ捨てる。

「ああっ。神官長様のお気に入りなのに!」

 ティーナが悲鳴を上げた。

 クラウドは、ユウキとアーリィを順番に見据えた。額にかかる前髪を小うるさそうにかきあげ、言う。

「揃いも揃って、あくまでこの俺に楯つくというわけか。貴様ら、後悔させてやるぞ‥‥今すぐにな‥‥」

 彼は右腕を前に突き出した。その手の中に、蒼い火花を散らす光球が生まれる。

「くらうがいいッ! 我が究極奥義!!」

 叫びと同時に、クラウドは掌を下に返し、光球を地面に叩きつけた。

 飛び散る光、土煙、そして爆音がアーリィたちの知覚を揺さぶる。腕で顔をかばいながらも、アーリィは数瞬後に襲いくるはずの衝撃に対して身構えた。

 ──だが、魔法の効果はそれだけだった。

「‥‥あらら?」

 構えを解き、土煙の中心を見つめる。そこにエルフの魔術師の姿はなかった。

「ああっ! 奴がいない!?」

「逃げましたね、どうやら」

「逃げたぁ?」

 アーリィは呆気にとられた様子で、ルージャの顔を見る。

「これ以上戦っても、クラウド先輩には何の利益もありませんしね。それにむしろ、ここであの人に逃げられるほうが、アーリィ先輩にとっては痛いでしょ」

 そうだった、とアーリィは思った。クラウドを捕らえられなければ、ソーリスのパーティーに入れてもらえないのだ。

 クラウドの言葉通り、アーリィは激しく後悔した。本当に『究極奥義』などと呼べるかどうかはともかくとして、確かに痛い状況だ。しかし、あれだけ大見得を切っておいて自ら逃げだすとは‥‥。

「他人を陥れるためなら、自分のプライドなどどうなってもかまわない。そういう人なんですよ、クラウド先輩は」

 ルージャは妙に楽しそうであった。もっとも彼は常に楽しそうだが、今の台詞は、まるでクラウドを褒めているようにも聞こえる。

「‥‥‥‥残念だったね」

 声がした。

 そちらを向いたアーリィたちの目に、黄金色の光が飛び込む。ソーリスとメルクリィである。

「先程から見せてもらったよ。キミたちの戦いぶりをね。だが、奴にまんまと逃げられた以上、キミの申し出は受け入れられないな」

「そんな!」

「条件を守れなかったのはそちらだ。今さら文句をつけないでもらおう」

 メルクリィの言葉に、アーリィはうつむいた。しかしまた毅然と頭を上げ、何か言おうとした。──それを、ルージャがさえぎった。

「食い下がっても無駄ですよ、アーリィ先輩。その人たちには、もともとお二人を仲間として迎える気はなかったんですから」

「え‥‥?」

「検定の受付は明日です。規定の人数を満たせるのなら、もはや誰でもかまわないというのが普通でしょう。しかもアーリィ先輩はなかなかの戦いぶりを見せていた。たとえクラウド先輩には逃げられたにしろ、です。あの人は相当に場数を踏んでますからね。‥‥なのに、こうもあっさりと断るのは非常に不自然です」

 膝に乗せたリュートを、ポロンポロンと爪弾きながら、ルージャは続けた。

「これは僕の推測ですけどね。アーリィ先輩が来る前に、すでにそちらにはメンバーが揃っていたんじゃないですか。そこで『テスト』の名目を使って追い返そうとした。もしクラウド先輩を捕まえられたとしても、難癖を付けて断るつもりだったんでしょう。その場合は、泥棒退治の手柄も自分たちのものになるという、オマケつきでね」

「なんだってぇ!?」

 アーリィが大声を出した。

「ホントなの、それ!?」

 ソーリスに詰め寄る。ソーリスは片手でアーリィをおしのけ、ルージャに向かって言った。

「何者かは知らないが、なかなか頭の切れる男と見えるな、キミは」

「いえいえ‥‥。真実は、吟遊詩人の商売道具ですから」

 爽やかに微笑んで、ルージャは答えを返す。一方、笑う余裕がないのはアーリィである。

「あんたたち‥‥ボクをだましたんだね‥‥」

 彼女は手の甲で、頬の血をぬぐった。

「ボクだけなら、いい。でもこの検定には、ユウキの将来だってかかってたんだ‥‥許せない」

「ふん。それもあるのさ」 メルクリィが言った。「そんな、得体の知れない勇者とやらと、パーティーが組めるかよ」

「‥‥‥‥!!」

 そのとき、ユウキがアーリィの隣に歩み寄り、固く握りしめられた彼女の拳を押さえた。

「よしてくれ、俺のために怒るのは。俺はいいんだ。こういう扱いには慣れてる。だまされた俺たちが悪いんだよ」

「そうとも。キミはものわかりがいいな。そういうことだ」

 ソーリスとルーナエは、背を向けて立ち去ろうとした。

「待てよ」

 珍しく強い調子を含んだユウキの声に、二人は足を止めた。

「確かに、俺のことはかまわない。けれど、あんたたちは俺の友人の気持ちを踏みにじった。その償いはするべきだ」

「フ‥‥面白い」

 ソーリスはキザな仕草で、左の手袋を外した。それをユウキの胸に軽く投げつける。

「今すぐ決着をつけたいところだが、あいにく僕たちは検定を控えている。いずれまたお相手しよう。そのときは、遠慮なく挑んでくるがいい‥‥この僕が率いるパーティー“シャイニング・ブレード”にね」

 腰の剣をカチリと鳴らし、ソーリスは再びきびすを返した。

「決闘の流儀に従い、それまでその手袋は預けておくよ」

 背を向けたまま、軽く片手を振り、ソーリスはメルクリィと連れだって立ち去った。

 アーリィは、自分の拳を押さえるユウキの手を見、ついで彼の顔を見た。

「ありがと‥‥ユウキ」

「え‥‥いや‥‥」

 ユウキは少し慌てたように、手を離した。

「でもね。このままじゃボクの気がおさまらないから。ちょっとだけ許してね」

 アーリィは祭壇にとってかえすと、かじりかけのリンゴを手に取った。そのまま大きく振りかぶる。

「ユウキ、しゃがんで!」

「え?」

 反射的に身をかがめたユウキの頭上を、凄まじいスピードでリンゴが通過していった。

「これが、こっちの手袋がわりだよ。しっかり受け取ってよね!」

 さすがは弓兵科と言うべきだろう。すでにソーリスの姿はかなり小さくしか見えないが、その辺りから鈍い音と悲鳴が響いてきた。

 ユウキは呆れ顔でアーリィを眺めた。ティーナはぼろぼろのタペストリーを抱えて放心している。ルージャは何事もなかったように楽器をいじっている。アーリィは、ぱんぱんと手をはらった。

「これでよし、と」




*                   *


「ああ」 アーリィはため息をついた。「どうしようかな。当面の恨みは晴れたけど、パーティー検定の話はフイになっちゃった」

「もういいよ。こだわらなくて」

 そのユウキの言葉に、アーリィは大きくかぶりを振った。

「そういうわけにはいかないよ」

「あの、アーリィさん、動かないでください。このぐらいの傷なら、すぐ終わりますから」

「あ、ごめん」

 ティーナは、アーリィの頬の傷に治癒の魔法を施している最中だった。ティーナの指先に生まれた光が、アーリィの頬をなぞる。穏やかで暖かそうな色の光だが、肌に伝わる感触は、ほどよく冷たくて心地よい。

「はい、もう大丈夫です。痕が残らなくてよかったですわ。せっかくの綺麗なお顔なんですもの」

「またまたぁ。ティーナのほうが美人だって。‥‥でも、ありがと。ボクもいちおう女なんだから、顔に傷があったらみっともないもんね。ティーナがいてくれてよかったよ。寺院じゃ、これぐらいでもお金取られちゃうし。やっぱり、僧侶科の友達がいると助かるよね──」

 アーリィはそこで言葉を切った。僧侶科、ともう一度口の中でつぶやく。そしてティーナの顔を見た。

「そっか、ボクには僧侶の仲間もいたんだ」

「?」

 ティーナは不思議そうにアーリィを見返した。今さら何を言うのだろう、という表情である。

「うん、そうだよ。こうなったら──」

 ユウキとティーナは思わず顔を見合わせた。アーリィが何かとんでもないことを言いだすだろうということが、これまでの経験から予測がついたのだ。

「こうなったら、ボクたちでパーティーを作ればいいんだ。とりあえずボクたち三人で、残りの仲間を集めて」

「あの‥‥三人って、もしかして私も含まれてるんですか‥‥?」

「どうして、こんな簡単なことに気がつかなかったんだろう。絶対そのほうが面白そうだし」

 アーリィは、自分の思いつきに興奮しているようだ。

「あの、私、そんな自信が‥‥」

「よしっ、そうと決まれば即・行動開始! あと三人の仲間を見つけなくちゃ」

「その件ですが──あと二人、ということにしていただけませんか」

 アーリィたちは、声の主を見た。ルージャである。

「あの、だから私を数に入れないで‥‥」

「ここで出会ったのも何かの縁です。僕も混ぜてくださいよ。必ずお役に立ちますよ」

 例によって笑みを浮かべながら、ルージャは言った。

「ホント? こっちからもお願いするよ! ユウキもいいよね?」

「ああ」

 ユウキは、本を広げながら投げやりに答えた。もはやあきらめて逃避行動に入ったらしい。

「ティーナも協力してくれるよね。大丈夫、ティーナの回復魔法はすごくよく効くんだから。ほら、ボクが古いパンを食べてお腹をこわしたときとか、虫歯が痛くて眠れなかったときとかさ。自信持っていいよ」

 先に喰い意地のほうを治したほうがよさそうだが、ともかくそれは事実だった。引っ込み思案な性格のせいで目立たないものの、僧侶としてのティーナの才能はかなりのものなのだ。

「よし、これで僧侶は決まりね。そしてアーチャーのボクと剣士のユウキ、それから吟遊詩人のルージャ。となると、あとは‥‥パイはボクと同じアーチャーだからバランス悪いし‥‥」

「オーソドックスにいくなら、魔術師と盗賊ですね」

「そうだね。どっかにいい人材いないかな」

 ルージャが、悪戯っぽい笑みを浮かべて言った。

「ついでに言いますと、実は僕に心当たりがあるんですが。魔術師も盗賊も」

「えっ!?」

「本当のことを言うと、もともと僕も検定に参加するつもりだったんですよ。ここに来たのは、とある魔術師を勧誘するためです」

 ユウキが、ふと本から顔を上げて尋ねた。

「どうして、寺院に魔術師科の生徒がいるんだ? ‥‥まさか‥‥」

「そう、そのまさかです」

 ルージャは、祭壇の向こうの木々に視線を向けると、やや大きめの声で言った。

「いるんでしょ、クラウド先輩。出てきてくださいよ」

 ルージャの声の余韻が消えたあと、少し間を置き、樹の梢のほうでガサガサという音がした。

「ふん。よくわかったな」

 枝葉の陰から現れたのは、先程のエルフの魔術師だった。

「あ、あんたっ!? 逃げたんじゃなかったの?」

 アーリィが声を上げた。

「一度は確かに逃げたはずです。けれど、僕たちが立ち去ってほとぼりが冷めたころが、かえって最も安全ですからね。またすぐに戻ってきて、奉納品を盗むスキをうかがってたんじゃないですか」

「‥‥なんて卑劣な‥‥」

「フ‥‥卑劣、か。いい言葉だ」

 そう言うと、クラウドは宙に身を踊らせた。

 とうてい無傷ですむような高さではない。アーリィたちは思わず息をのんだ。だが、クラウドの身体は地面に激突する少し手前でピタリと止まり、そのままゆっくりと着地した。

 落下制御の魔法である。

「まったく、しつこい奴らだな。どこまで俺の邪魔をすれば気がすむんだ」

「まあまあ。ここは一つ、取り引きといこうじゃありませんか。そちらが僕の要求を受け入れてくだされば、こっちもこれ以上の邪魔はしません」

「要求だと?」

 片方の眉を上げて、クラウドは問い返した。

「ええ。あなたが僕らと争う必要がなくなり、万事丸くおさまる方法です。──クラウド先輩、敵を敵でなくすためには、どうしたらいいと思いますか?」

「死体に変える」

「もうちょっと合法的な手段でお願いします」

 クラウドは顎に手をやって黙り込み、ややあってから口を開いた。

「俺に、仲間になれと‥‥?」

「正解。その通りです」

 ぱちぱちと手を叩くルージャ。クラウドはあっさりと答えた。

「断る」

「いいじゃないですか、減るものじゃなし」

「増えるものでもあるまい。俺は、明確な利益にしか目を向けん男だ」

 そう言って、クラウドはきびすを返そうとした。

「‥‥そうそう、さっき投げた短剣を回収しておかんとな。あれがなくなると、またどこかから盗んでこなくてはならん」

 彼は、地面をきょろきょろと見回した。

「‥‥ん? これはなかなか上等な手袋だな。片方だけだが、わりと高値で売れるかもしれん。拾っておくとしよう」

 クラウドはしゃがみこんでソーリスの手袋を拾い、懐にしまいこんだ。そんな彼の姿を見て、アーリィは声を荒らげた。

「こんな奴、こっちからお断りだよっ。今からでも他の人を探したほうが、ずっとマシだ。ティーナだって嫌だよね、あんなの。ひどいこと言われたんだし」

 ティーナは、少し困ったような顔で、ちらりとアーリィを見た。そして彼女は、ゆっくりとクラウドの前に進み出た。

「あなたは、どうしてそのような態度を取っておられるのですか?」

 手を胸の前で握り合わせ、彼女は真剣な瞳でそう問いかける。

「私には、あなたが本当に悪い人だとは思えません。‥‥アーリィさんがあなたに攻撃しようとしたとき、私を突き飛ばしたのは──あれは、私をかばってくださったのでしょう?」

「‥‥‥‥」

 クラウドは、当惑した面持ちでティーナの言葉を聞いていたが、不意に顔をそむけると、やはり吐き捨てるような調子で答えた。

「ふざけるな。だいたい、貴様らの仲間になって、俺に何の得があるんだ」

「得、ですか? きっと何か楽しいことがあると思いますけど」

 クラウドは絶句した。

「き‥‥貴様らと付き合って、俺が楽しいわけがないだろうが!」

「喜びや苦しみを分かちあえる仲間がいるのは、素晴らしいことです」

「馬鹿なことを言うな。他人なんぞ、金を分け与えてくれれば充分だ。それ以上の存在価値などない。──お前のような甘い考えでいると、いつか俺のような男にだまされることになるぞ」

 ティーナは微笑み、答えた。

「かまいませんわ。それでクラウドさんが幸福になるのなら、私などいくらでもだましてください。あなたがそんなことをする方ではないと、信じていますけれど」

 クラウドは再び黙り込んだ。そしてやおら、ティーナの細い顎に指で触れると、そのままくいっと上を向かせた。

「‥‥‥‥!」

「いいだろう。そこまで言うならこの俺が教えてやる。人を信じることの愚かさをな」

 ティーナの顔から手を離し、クラウドは今度はルージャのほうに歩み寄る。

「どうせ、明日が受付締切のパーティー検定のことだろう。今頃からメンバーを集めるとは、何とも無計画な連中だ。―いいか、人数合わせのために、形だけは仲間になってやる。だが、それ以上の協力は御免だからな。金でも払うなら話は別だが」

「わかりました。とりあえず、それで結構です」

 ルージャがそう言い、アーリィにも同意をうながした。

「いいですよね、アーリィ先輩」

 アーリィは迷ったすえにうなずいた。ティーナとルージャがその気になっている今、自分だけ反対しても話をややこしくするだけだと思ったのだ。

「ユウキ先輩はどうです? 仮にも勇者なんですから、もっと自己主張してくださいよ」

「代替案がない以上、俺に反対する権利はないよ」

「いえ、そういう理屈じゃなくってですね、先輩の個人的意見を聞きたいんですが」

「ないよ、そんなもの」

 あっさり言い切られ、さすがにルージャは困ったようだった。

「えーと‥‥まあとにかく、これでいいとしましょうか」

 そのとき、タイミングよく昼休み終了の予鈴が鳴りはじめた。

「おや。午後の講義が始まってしまいます」

「じゃ、後でまた待ち合わせしようよ」

 アーリィが提案し、ルージャはうなずいた。

「そうですね。では明日、検定の受付会場で直接お会いしましょう。そのときまでに盗賊のほうは都合をつけておきます。なにぶん、時間がありませんからねー」

 そう言うとルージャは、同意を求めるように一同の顔を見渡した。

「おや?」

 その視線は、ユウキのところで止まる。

「まだ僕のことを信頼しきっていない様子ですね、その顔は」

「当然だろう」

 ルージャは、初対面のはずのユウキとアーリィを名前で呼んだ。そうでなくても、一癖も二癖もありそうな少年だ。

「──先輩のその、状況に流されない冷静な判断力は、素晴らしい資質だと思いますよ。でも、どうか僕のことは信じてみてください。損はさせませんから」

 ルージャは、悪戯っぽく片目をつぶってみせた。

「僕は見かけほど、おバカさんじゃありませんからね。悪意や敵意の下心あってのことなら、もっと自然な近づきかたをします。‥‥怪しく思われることは承知しているんですが、どうしても検定に合格しなければならない個人的事情がありまして。先輩方の力が必要なんです」

 彼は、そう言ってぺこりと頭を下げた。

「ではまた、明日」




*                   *


 そうして訪れた夜は、勇者ユウキにとってはいつもと少し違うものだった。

 今日の分の復習とトレーニングを終えたユウキは、ベッドに寝転んだ。こういうとき誰もがよくやるように、一日の出来事を思い返してみる。色々なことがあった。これほど思い出す内容が多いのは、この学園に呼ばれたばかりの頃以来かもしれない。そして他人とこれほど多く会話したのは、間違いなく今日が初めてだろう。アーリィ、ルージャ、ティーナ、クラウド──いきさつはどうあれ、彼の仲間となる者たち。

「仲間、か‥‥」

 そのとき、ノックの音がした。ユウキは起き上がり、ドアに向かった。相手が誰かはわかっている。彼の部屋を訪ねてくる者など、一人しかいない。

「こんばんは、ユウキ君。調子はどうかね」

 朝と同じ、花柄のガウン。〈翼〉の理事ヴィジタルだ。

「変化はあったけど、異常はない。全て良好さ」

 ユウキは、自分が道具か何かであるような言い方をした。

「今すぐ世界を救えと言われれば、救ってみせるよ。本当に、俺にそんな力があるならね」

「まだ、今の君では無理だ」

 ヴィジタルの答に、ユウキは鋭く言い返した。

「じゃあ、いつになれば出来るんだ? そのときが来れば、どうなる? いったい俺に何があるって言うんだよ」

 ユウキは視線を床に落とした。

「俺には何もない。ただの、普通の人間じゃないか」

 その言葉は、嘘だった。彼はおぼろげながらも感じていたのだ。自分が他人と違うことを。心の底に、正体のわからない不気味な塊があることを。

 親も故郷も過去もなく、夢も信念も、トラウマさえもなく、ただ闇の中でぽっかりと宙に浮いているような存在。自分が何者なのかわからない。人に、これほど不安を与えるものはないだろう。

「なあ、ヴィジタルさん。否定でも肯定でもいいから、答を返してくれ。俺には何か特別な力があるのか? ‥‥俺は、誰なんだ?」

「その質問を受けるのは二度目だな。初めて会ったときも、君はそう尋ねた‥‥」

 ヴィジタルは、窓のそばに歩み寄り、外を眺めながら言った。

「学園の予言は絶対だ。君が、この世界を救う勇者であることは間違いない。今、言えるのはこれだけだ」

 振り向いたヴィジタルは、ユウキの顔を見すえた。

「真の己を見出すことも、君の使命のうちなのだ。我々が教えては意味がない」

「道具は余計なことを気にするな、ってことか」

 簡素な造りのベッドに腰を下ろし、ユウキは自嘲気味につぶやいた。

「ユウキ君」 強い調子でヴィジタルがたしなめた。「確かに学園の上層部には、大事なことを見落としているような者もいる。君が勇者である以前に、多感な少年であることをな。しかしこの私は、できるかぎり君に幸福な生活を送って欲しいと願っている。それだけは信じておいてもらいたい」

 ユウキは黙りこくったままだった。ヴィジタルは穏やかな声音に戻って続けた。

「実を言うと、故郷に君と同じ年頃の娘がいてな‥‥」

「なるほど。それはよかった」

 即座にそう返され、ヴィジタルは話題を変えることを余儀なくされた。

「ところで、パーティー検定に参加するらしいね」

「‥‥何でもお見通し、か。そうだよ。何かマズイことでも?」

「いや、むしろ望むところだ。君を勇者として育成するのが学園の務め‥‥実戦経験は、君にも絶対に必要だからな。自分からその気になってくれたのはありがたい」

「悪いけど、学園のためにやるわけじゃないよ」

「ああ、かまわんさ」

 ヴィジタルがパチリと指を鳴らすと、空中に何かの包みが出現した。彼はそれを掴み取り、ユウキに向けて差し出した。

「これは、検定に向けて、私からの差し入れだ。遠慮なく受け取ってくれ」

「中身は?」

「迷宮内での活動に適した衣服だ」

「それだけは絶対にいらない」

 ユウキはきっぱりと言い切った。花柄のガウンを好んで着るような男の選んだ服など、受け取る気にならないのは当然だ。

「そうか。それは残念だ」

 ヴィジタルは、心底寂しそうに包みを脇に抱えた。

「では、私はこれで失礼するよ。健康に気をつけて頑張ってくれたまえ。──君が、君自身の心の力に目覚めることを祈っている」

「ああ」

 ユウキは、儀礼的にヴィジタルを送り出し、扉を閉めた。再びベッドに横になり、ぼんやりと天井を見つめる。

 どれぐらいそうしていただろうか。突然、ノックの音がした。

「誰だ?」

 彼の部屋を訪ねてくる者など、一人しかいない──はずだ。ヴィジタルが引き返してきたにしては、時間が経ちすぎている。いぶかしく思いながら、ユウキはドアを開けた。扉の陰からひょいと顔をのぞかせたのは、アーリィだった。

「やっほー♪ 起きてる?」

 ユウキは、思わず廊下を見回した。

「こんな時間に男子寮に来るなんて‥‥。教師にでも見つかったら注意を受けるよ」

「まぁ、そういう固いコトは抜きにして。今、ヒマ? ちょっと付き合ってよ」

「付き合うって‥‥どこへ、何のために?」

「いいからいいから」

 ユウキは、アーリィによって強引に公園に連れ出された。

 薄く照明がついているものの、夜の暗い公園には、彼らの他に人影はない。

「あのさ、アーリィ」

 この女の子は、こういう場所で男と二人きりになることに、何の抵抗も感じないのだろうか。ユウキはそれを尋ねようとした。

「なに?」 アーリィは問い返した。

 彼女の無邪気な顔を見て、ユウキは質問を変えた。彼女には、ユウキに対する警戒はまるでないらしい。

「こんな所で、何をしようっていうんだ?」

「ちょっとね──」

 アーリィは、ユウキの手をとって、言った。

「ボクと、手合わせしてほしいんだ」

「は‥‥?」

 アーリィはユウキの手にグローブをはめた。

「このグローブはね、パンチの衝撃は伝えるけど、肉体的なダメージは吸収してくれるの。怪我の心配はしなくていいから、全力でかかってきてね」

「ちょ、ちょっと待てよ。どうして‥‥」

「なんかさ、あの大剣使いの時といい、クラウドの時といい、今日はユウキに助けられてばかりだったでしょ。だから──ボクが弱くないってことを、ユウキにわかってほしいんだよ。いくら女だからって、守られるだけのお姫様はイヤなんだ、ボクは」

 アーリィは、自分の手にもグローブをはめた。

「それに、さっき一人で考えてみて、わかった。ユウキは強い。ボクがユウキに興味を持ったのは、ライバル意識ってのも少しはあるかもしれない。ボクだって戦士系だもん。強い人を見たら、血が騒ぐの」

「‥‥君にとって、俺は敵なのか?」

「そうじゃないよ。ユウキね、昼間ボクのことを友人だって言ってくれたでしょ。嬉しかったよ、正直言って。だからね‥‥友人なら、仲間なら、ユウキの強さを身体で感じさせて。ボクに、キミの技と力を教えてよ」

 ユウキは迷った。しかし、断るだけの理由を思いつくことはできなかった。戸惑いながらも、彼は言った。

「わかった。手加減はしないよ」

 アーリィの表情が輝いた。

「そうこなくっちゃ。──じゃ、いくよっ!」

 軽く拳を前に突き出し、それを合図がわりにしてから、アーリィは地面を蹴った。




*                   *


 もう何度目になるだろうか。アーリィの攻撃が空を切った。彼女はそのままふらふらと土の上に腰を下ろした。

「ふうーっ。この辺で終わりにしよっか」

 頬に滴る汗を手の甲でぬぐい、アーリィは言った。

「うんしょっと」何気ない動作で、アーリィは湿った服を脱ぎ捨てる。さすがに下にもう一枚シャツを着ていたが、染み込んだ汗のせいで、ところどころ肌の色が透けて見えている。ユウキは、彼女の無防備さに呆れた。

「やっぱり強いや、ユウキは。ボクの攻撃がまともに当たらないもん」

 ようやく息が整ってきたアーリィが言った。ユウキの方は、それなりの疲れは見せているものの、アーリィよりはずっと涼しい顔をしている。

「アーリィの攻撃は素直すぎるんだよ。視線や筋肉の動きで、狙う位置やタイミングがすぐバレる」

 アーリィの上気した肌からできるだけ目をそらしつつ、ユウキは答える。

「一発の破壊力はたぶん、君のほうが上だろうけど」

「‥‥年頃の乙女に、ずいぶん失礼なことを言ってくれるね」

「あんまり露骨に女の子扱いされるのは、嫌いなんだろ」

「そりゃ、そうだけどね」

 ぱたぱたと、手で顔に風を送り、アーリィは笑った。

「でも、どっちにしろ、当たらなきゃ話にならないか。‥‥すごいよ、ユウキは」

「そうでもないさ。事前にわかっていれば、いかなる攻撃にも対処できる。少し別の方向に力を加えて受け流してやれば、どんな威力だって激減するんだ。要はベクトルの問題だよ。──全ては力学、冷静な者が勝つ」

 自分でそう口にしながら、ユウキは何かひっかかるものを感じていた。

 ‥‥違う。そうじゃない。本当の“力”というのはもっと‥‥。

「ふーん。難しいなぁ」

 そう言って、アーリィはごろりと仰向けに寝転んだ。ユウキはそれを見て、考えごとをやめて言った。

「髪、汚れるよ」

「いいよ。どうせ、後でお風呂に入るから。それよりユウキも寝てみたら? 気持ちいいよ」

 わずかに躊躇したあと、ユウキはアーリィの隣に並んだ。

「ね? 綺麗でしょ、星が」

 満天の星空が、ユウキの目に飛び込んできた。そう言えば、学園に来てから夜空を見上げたことなど、数えるほどしかない。

 風が、火照った身体を心地よく撫でていく中で、二人はしばらく静かに星を眺めていた。

「あの辺が、氷竜座だね。知ってる?」 やおら、アーリィが空の一角を指さした。

「いや。初めて聞いた」

「ほら、あの青白い星を、あの辺の星の集まりにつなげて‥‥」

 アーリィは、ユウキに丁寧に説明してやる。その途中で、彼女は不意に思いついたように言った。

「そう言えば、昔、お隣の小父さんが言ってたよ」

「何て?」

「星座って、人間が星を勝手につなげて形にしたものでしょ。でも、人もそれと同じなんだって。―生まれたての頃は孤独に光っているだけだけど、いつか誰かと結びついて、地上の星座を作る。その出会いは、ささいな偶然だったり、他からの強制だったりするけど‥‥一度結ばれたその絆は、永遠なの」

「地上の星座、か。綺麗な言葉だな」

「うん。まるで‥‥」

 アーリィは言葉を止めた。それに続く言葉は、安易に口にするにはあまりに恥ずかしい意味を含んでいることに気づいたのだろう。

 また、ユウキもそれを察した。アーリィが言葉を止めたわけも、むろん、彼女の言葉の続きも。

 そしてユウキは、その台詞を胸の中で密かにつぶやいてみた。

 ──まるで、今の自分たちのようだ、と。





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