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王宮探偵ライネッド
   


 いくら一匹狼を気取っていても、生物学的には狼ではなく人間である以上、人恋しさに苛まれたりする事もある。こればかりはハードボイルドを貫く俺の美学でもどうにもならない。種の本能の問題なのだ。

 というわけで、誰かが俺を訪ねに来るのはそれなりに喜ばしい事である。ましてや相手が首から『依頼』をぶら下げているとなりゃ、なおさらだ。






 俺はライネッド。職業は探偵──これだけでも今の世には珍しい仕事だが、俺はその数少ない同業者たちの中でもさらに毛色の違う存在だ。

 俺は、王室御用達の探偵なのである。

 寛大で心の優しい我らが国王陛下は、俺の生活を保証してくれている。俺が国王の過去の弱みを握っているという、ただそれだけで。まあ国民の血税も、俺という国宝級の才能の持ち主のために使われてこそ、本望というものだろう。

 ──窓のブラインドの隙間から、柵状の光線が差し込んでいる。それを見て察するに、すでに日は高くなっているらしい。王宮の自室で漫然とくつろいでいた俺だったが、その平和は不意に引き裂かれた。

「ライネッドのおやぶん、てーへんだぁ!」

 セリフにはそぐわない、玉の転がるようなソプラノ。その声の持ち主が誰か、俺はよく知っている。

「違う……世界観が違う、チャム。 破壊的なまでに」

 つぶやいてから俺は、古びてはいるが作りは豪華な椅子から立ち上がった。扉を少しだけ開けてやる。

 人の通れる隙間ではないにも関わらず、彼女は入ってきた。パタパタと小うるさい羽音を立てて。

 チャムは正札付きの妖精である。おとぎ話などには欠かせないアレだ。こいつと俺との関係は……話すとちょっとややこしくなる。

 あ、一言で表現するうまい言葉が見つかった。『腐れ縁』

「いったい何がどうしたんだ。お前、足が地についてないぞ」

「……もとからだもん」

揶揄されてチャムはぷうっと頬をふくらませた。そんな仕草や声音の愛らしいこと、まさしく万人の抱く妖精のイメージの如くだが、実際に頭の近くで飛び回られると目障り耳障りだ。何事も理想と現実との間にはギャップがある。

「そんなことよりライネッド、お客さんだよ」

「客?」

はたしてどちらの意味だろう。単なる訪問客か、それとも依頼人か。俺がチャムに尋ねる暇も待たず、ドアがノックされた。

 客は女性らしい。細い板切れを合わせて作ったいいかげんなこのドアは、長さ太さどころか材質すら不揃いの木片同士の間から、外に立っている人間の背格好ぐらいは覗けるのである。便利なことこの上ない。

 俺の部屋は、王宮の屋上の一角に建てられている──そこらのアバラ家をそのまま運んで設置し、物置から引っ張りだしたような家財道具をぶち込んだ、という方がより正確か。

 日中はやけに陽当たり良好だし、夜は夜で風通しのよろしいこと甚だしい。いやはや、まったく素敵な住環境だ。

 ……心配するな。冷遇されてるのはちゃんと自覚してるから。

 俺がドアを大きく開くと、ノブがぽろりと外れて床に転がった。こういう状態だから、支給されている生活費の他に仕事の報酬が必要なのである。正直、貴族たちの相手は少々苦手だが。

「ご機嫌はいかが、ライネッドさん?」

 太陽にも劣らぬ眩しいブロンドを蒼穹の下に泳がせ、上品なドレスにしなやかな肢体を包んだ一人の女性が立っていた。

 記憶によると、近衛隊長ウェル・バドックの妻エマリアだ。ちなみに、俺が名を覚えている女性 = 美女、である。

 エマリアは若作りしていても三十は過ぎているはず。が、美女であることには変わりはない。

 俺は部屋を横切り、ブラインドを上げた。飛び込む日光が、陰に籠もった室内の雰囲気を洗い流す。

 俺は少し薄暗いのが好きなのだが、客を相手にする場合は仕方あるまい。

「その辺にでも座ってね、エマリアさん」

 チャムがエマリアを誘導する。ボロボロのストゥールにエマリアが腰掛けると、俺も自分の椅子に座った。

 まずは、取り出した紙巻き煙草をくわえる。

「チャム、火を頼む」

 俺たちの言語とは明らかに異なる短い呪文がソプラノで唱えられた。

 大きさを除いては人間と寸分違わない、チャムの繊細な指先に螢火ほどの炎がポッと灯った。その炎で俺の煙草に火をつけてくれる。

 煙を一つ吐き出し、俺は口を切った。

「何か御用でも、ミセス? ペットが行方不明にでもなりましたか? それとも夫の浮気調査? そうそう、昼食のつまみ食いの件なら犯人はコックのディアンですよ。彼は自分でやっておいてすぐ他人のせいに──」

「いいえ、そんなことではございませんわ」

 彼女はそう言うと、付けていた髪飾りを外して俺との間の机の上に置いた。ちらっと見たが、かなりの値打ちモノだ。

「それは、前金代わりのつもりです。それではご不満でしょうか?」

 生まれて初めて焼いたケーキを味見してもらっている子供のような顔をしている。

 ……貴族というヤツは、とかく金銭感覚が破綻しているものだ。依頼の内容が何かは知らないが、これで不満などあろうわけがない。俺はエマリアのマリンブルーの瞳を真っ直ぐに見て返答した。

「貴女の身に付けていた物なら、たとえボタン一つでも報酬には充分です。そして貴女の美しい笑顔こそ、俺にとっては至高の後金となることでしょう」

 キザっぽく言いつつ、さりげなく髪飾りをポケットにしまいこむ。

「それでは、お聞かせ願えますか。……貴女のその天使の微笑みを翳らせている、罪深いものが何であるかを」

 真顔の俺の横で、チャムがプッと吹き出した。片手でチャムをはたき落とし、バドック夫人の紅の唇から依頼の内容が発せられるのを待つ。

「それが、このような所ではちょっと」

 『このような所』って……俺の部屋なんだが、一応……。

「後でわたくしの部屋まで来て下さいません?ちゃんとしたおもてなしの用意をさせて頂きますわ」

 まるで俺が、ちゃんともてなしていないみたいじゃないか……。

「それではライネッドさん、また後ほど」

 優雅に一礼し、エマリアは出て行った。

「もぉ、ライネッドったら、ちょっと美人だとすぐに口説こうとするんだから」

 チャムが、後ろで軽く束ねられた少し長めの俺の髪を、幾筋か掴んで引っ張った。捕まえようとするとスルリと逃げる。

 確かにこいつも『女』には違いない。だがいかんせん、サイズがこれではキスをする気も起こらない。いくら妖精の御多分に漏れずチャーミングであっても、だ。

 ──そう言えば、妖精と言えば可愛いものと相場が決まっているが、これはなぜだろうか。

 俺の推測によると、醜い妖精は人間の手によって一匹残らず叩き潰されているのだ。可愛くない妖精など大きなハエも同然だからな……。

 そんなことを考えながら俺は、狼の絵が描かれたブルーのシャツの上から革のジャケットを着込んだ。

「行くぞ、チャム」

 久方ぶりの仕事だ。






 だだっ広い王宮の、長く単調な廊下を延々と歩き、俺はバドック夫妻の部屋を探し当てた。肩の上にとまったチャムが話しかける。

「ねぇ、依頼って何かなぁ」

「さあな。俺の推理によると、そう切羽つまった事件でもなさそうだったが」

「……誰でもわかるって、それくらい」

 小生意気な妖精を無視して、俺は豪華な扉をノックした。こーん、と澄んだ音が返ってくる。俺の部屋とはえらい違いだ。

「まあ、ライネッドさん。お待ちしておりましたわ」

 エマリア自らが俺を出迎えた。うながされるままに、控えめな光沢を放つテーブルにつく。

 メイドが紅茶を運んできた。正しく描写すると、背の高い男の召使いが茶器の乗ったトレイを持ち、彼女がポットを運んだのだが、男の方はどうでもいい。

 メイドにさりげなく目を走らせる。初めて見る顔だが、やや幼いながらもなかなかに整っている。一礼して奥に引き下がる姿も初々しくて良い。要チェック。後で名前を聞いておこう。

「ライネッド、どこ見てんの!」

 チャムが俺の視線に目ざとく気づいて叫ぶ。俺はチャムを角砂糖の入った壺に放り込んだ。

「……で、ミセス・バドック。依頼というのはいったい?」

 壺に蓋をしながら、向かいに座ったエマリアに問う。

 ──中でチャムがぴーぴー騒いでいるが、男は細かいことは気にしないものだ。

「そう、それなんでございますよ」

 琥珀色の液体で満たされた白磁のティーカップを口元に運び、エマリアは薄く微笑みながら部屋のすみを指した。

 扉がある。だがそれは、この落ち着いた上品な部屋の中で異彩を放っていた。

 鍵の部分が、何かで景気よくブチ割られていたからだ。

「……あれは、誰が?」

「恥ずかしながら、わたくしなんです。中から鍵が掛かっておりましたもので」

「はぁ?」

 中から鍵? だったら、中の人に開けてもらえばいいじゃないか。

 見かけによらず夫人はとぼけた人だ。話していても要領を得ないと踏み、俺は行動に出た。

「開けてみても構いませんか?」

「ええ、どうぞ」

 扉を押し開ける。

 絶句。

 予想だにしなかった光景が目に飛び込んできた。そのまま立ち尽くす俺。

「あの……」

硬直が解けぬまま、俺はバドック夫人──いや、バドック未亡人に語りかけた。

 やたら高価そうな緋毛氈の絨毯。それを自らの血で台無しにして、近衛隊長ウェル・バドックその人が横たわっていた。背中に短剣が深々と突き立っている。

「これは……?」

「どうもすみません。主人は昔から愛想のない人で……せっかくライネッドさんがいらしているのに、何も死んだままでいることもありませんわよねぇ」

 紅茶を片手に、エマリアは事も無げに言った。

 何とか俺は平静を取り戻そうと努力する。

「貴女が扉を開けたとき、ご主人はもうお亡くなりになっていたんですか?」

「そうでしょうね。朝、ちょっとわたくしがここから離れていた間に、主人はその部屋に閉じこもっておりまして……声をかけても返事がありませんでしたので、斧を持ってこさせて鍵を壊したんですのよ」

 天井の辺りを見つめながら、のんびりとつぶやく彼女。

「わたくし、それはもう驚いて……思わず『あら、まあ』という声が出たほどでしたわ」

「………。しかしこれは、立派な殺人事件じゃないか」

 あごに手をやる。エマリアのペースに惑わされていたが、これほどの大事件には滅多に遭遇できない。

「どうかお気になさらないで下さいな。刑事さんたちには連絡しておきましたから、もうすぐ片付けにいらっしゃることでしょう」

 その言葉が終わるとほぼ同時に、幾人もの足音が室内になだれこんできた。

「来たか、能無しどもが」 振り返りもせずに俺は言った。

「能無し? それは誰のことか?」

 一団の先頭に立った男が大袈裟に左右を見渡す。

「この王宮で能無しと呼ばれる人物は、君をおいて他には知らんが。──それはさておきエマリア殿。我々が来たからにはもう安心です。このアーサー警部と円卓の刑事が、たちどころに事件を解決してみせましょう」

 アーサーは俺を押しのけ、死体に近づいた。

「ふむ。被害者は近衛隊長のウェル殿か。……湖の刑事(デカ)ランスロット、至急国王陛下に御報告を」

「はッ!」

 アーサー達に折角の見せ場を奪われた格好である。鼻白んだ俺は、死体の転がる室内を突っ切って窓に近づいた。

 掛け金を外し、窓を全開する。

「うーん、いい風だ」

 心地良いそよ風を堪能している俺を、アーサーがギョッとしたように見た。

「何をしているんだっ、君は!?」

「部屋の換気」

「げ、現場の保存は捜査の鉄則だぞ! 君にはわからんのか! これは密室殺人だ!」

 俺は大仰に首をすくめて言ってやった。

「あのなー、警部。あんたは密室殺人なんてものが本気で存在すると信じてるのかい。この部屋が密室だったのなら、バドック氏はいったい誰に殺されたってんだ?」

 言葉に詰まるアーサー。

「とにかく犯人がこの部屋に入り、それから出ていったのは確かだ。犯人に出来たということは、要するに誰にでも可能だったわけだな。取り立てて騒ぐほどのことじゃあない。どんなトリックを使ったかなんて、この際関係ないだろう」

「……いや、しかし……」

「心配いらん。気にするな」

 アーサーは悲しげに軽く首を振ると、部下に指示した。

「聖杯刑事(デカ) ガラハッド、凶器を調べてみてくれ」

「御意」

 だが刑事が短剣に近寄る前に、俺はそれを死体から引き抜いて窓の外に放り投げた。

「ああっ、重要な物証一号がっ!! ──ライネッド、どういうつもりだっ!?」

「いちいち目先のことに気を取られるな! ……いいか、犯人がわざわざ身元が割れるような凶器を使うはずがないだろう。そんな捜査をやってるから真実を見つめる目が曇り、全体を捉えることが出来なくなるんだ」

「だからって何も捨てなくても……」

「案ずるな。俺は正しい」

 力強く請け負ってやったが、アーサーは顔面を蒼白にしたままである。

「さて、これで全てはふりだしに戻ったわけだが」

「……誰のせいだよ……」

 その時、部屋に一人の男が入ってきた。

「これはいったい、何事が起こったのです?」

 近衛隊長ウェル・バドックの副官、バジルであった。

 彼は怪訝そうな顔で俺や刑事たちを見回す。その眼球の動きが床の死体で停止した。

「う、ウェル殿!?」

 呆然と突っ立っていたのも束の間、バジルはいきなり腰のサーベルを抜き払い、わめき出した。

「彼を殺したのは誰だっ!? おとなしく名乗りを上げい! この私が切り捨ててくれるわ!」

「まあまあ、そう興奮なさるな、バジル殿」

 アーサーが何とかバジルを抑える。

「只今全力を以て調査中です。‥‥賢明にして礼儀正しき高潔なる刑事(デカ)ガウェイン、鑑識のマーリン殿をお呼びしろ」

「その必要はない」

 俺は鋭くその言葉を発し、場の注意を自分に引きつけた。

「──謎は解けたぜ」






「さて……」

 エマリア、バジル、召使い、そしてアーサーと刑事たちが、この順番で俺の前に並んで立っている。

「しょせん、証拠やアリバイや凶器にこだわっていては真実は見えてこないのさ。物理的な要素はトリックでどうとでもなる。いたずらに推理を攪乱させられるだけだ」

 だが──

  「しかし、犯罪においてどんなゴマカシも通用しない要素がある。それは心……すなわち、動機。人の心理だけに着目して犯人を挙げる。そいつが俺のやり方だ」

「いいかげーん……」

 誰かに助けてもらったのか、チャムが両腕に抱えた角砂糖をかじりながら言う。

「チャム、太ると飛べなくなるぞ」

 妖精に軽い厭味を返しながら俺は続けた。

「まずはエマリア・バドック。彼女にはこれと言って動機は見当たらない。自分で作った密室を自分で壊して第一発見者になる、ってのも不自然だ」

 アーサーが俺の横に来て尋ねた。

「しかし、そう思わせておいて裏をかくという手も……」

「確かに、理屈ではそうだ。だが普通、仮にも人を殺した犯人が、あえて自分を疑わせるような行動を取れるものじゃない。心理的にな」

 エマリアを見つめるアーサー。ややあって俺の耳元でささやく。

「彼女が、普通の思考をしていると思うか?」

「……うん、その点がちょっとばかしネックなんだが。まあ今のところは目をつぶるとしよう」

「『真実を見つめる瞳』がどうとか言ってたくせに……」

「昔のことは忘れちまったな」

「………。で、結局誰が犯人なんだ?」

 俺は無言で腕を持ち上げ、一人の男に指先を突きつけた。

「犯人はお前だ──副隊長バジル!」

「なにぃっ!? 貴様、何の根拠があってそんなことを!」

「あんたは近衛隊長の地位を狙ってたのさ。だがそのためにはウェル・バドックが目の上の瘤。この相反する事例を止揚する方法はただ一つ──つまり、“邪魔者は消せ”」

「こ、これは私に対する侮辱だ! そこに直れッ、剣の錆にしてやる!」

「じゃあ聞こう。あんたは床に倒れた被害者を見たとき、こう言ったな。『彼を殺したのは誰だ』と。死んでいるなんて俺たちは一言も口にしちゃいないのに、だ。なぜわかった?」

「そんなことは見れば一目でわかるだろうがっ!!」

 俺はこめかみに指を当て、しばらく黙り込んだ。

「──まあ、今のは単なる冗談だが」

「冗談で済むか!」

「済む。大丈夫、問題ない」

 あっさり受け流して、俺は真面目な調子に戻る。

「気分もほぐれたところで、真犯人の発表と行こうか。ウェル・バドック氏を殺したのはお前だ、そこの召使い!」

「アロンが主人を?」

 エマリアが召使いの顔を見た。

「ふっふっふ、その通りだ!」

 慇懃な態度を崩さなかった召使いのアロンが、打って変わっていかにもな悪人口調で話しだした。

「思ったほどバカではなかったらしいな、王宮探偵ライネッド。なぜわかった?」

「──という風に、ムードを整えてやると犯人は勝手に尻尾を出してくれるもんだ」

「……ひょっとして当てずっぽうだったの、ライネッド……?」

「間違っていたら、また冗談で片づけるつもりだったが。総当たり方式の消去法とでも呼んでくれ。右から三番目に立っていたのが貴様のミスだ、アロン」

「し、しまったぁ! つい雰囲気につられてっ!!」

「おいライネッド。もしここにいる中に犯人がいなかったら……どうする気だったんだ、君は?」

「そのときは適当にお茶を濁す」

「ああっ、なぜこんな奴に私の完璧な犯罪計画がぁっ!!」

「フッ。悪は全て真実の前に屈するのさ。おおかたお前は、立場を利用してウェル氏の財産にこっそり手を付けていたんだろう。それを見咎められて犯行に及んだ。違うか?」

 顔色を変えるアロン。

 実は、エマリアがわざわざ自分で俺の所に来た時点で、何かおかしいとは思っていたのだ。メイドの方は理解できる。未婚の美女を一人で俺の部屋に来させるわけがないからだ。

 しかし、このアロンを使いに出さなかったのは……彼がその場に居なかったからだろう。誰かに死体が発見されるまでは、現場から離れておきたいと思うのが人情だ。

 俺は追い打ちをかけるように決め台詞を飛ばした。

「犯罪者として、お前には二つの権利がある。一つは、黙秘を貫いて拷問に合う権利。もう一つは、弁護士を呼んで死期をほんの少し伸ばしてもらう権利。どっちにしろ、首をしばる荒縄が絹のロープに取り替えられる程度の慰めにしかならんだろうけどな」

「待て! ではあの密室で私がどうやってウェル様を殺したと言うんだ! 証明してみろ!」

「……知らんね、そんなこと。殺したのはお前だろ? さっき自分で白状したじゃないか。証明もクソもあるか」

「そんな! それでは徹夜で考えた私のトリックの立場がっ! 納得いかん!!」

「はいはい、言いたいことがあるなら拷問係のお兄さんの前で言いな」

 アーサーに目で合図する。たちまち刑事たちに取り囲まれるアロン。

「……チッ! このままでは終わらんぞ」

 アロンは服のどこからかナイフを取り出し、エマリアの喉元に突きつけた。

「一歩でも近づいてみろ、この女は死ぬぞ!」

 穏やかな笑みをたたえたまま、『あらまあ、どうしましょう』とつぶやくエマリア。

 俺は小さく肩をすくめ、懐に手を入れた。

「そこまでパターンに徹されると嬉しいな、妙に」

 内ポケットから武器を抜く。

「なっ……」

「こいつは“銃”と言ってな。かの大賢者オーダの手によるマジック・アイテムだ。名前ぐらいは聞いたことがあるだろ?」

「大賢者オーダ!?」

 驚きの顔を見せたのは、アーサーだった。

「まさか、君は……大賢者オーダの元一番弟子、ライネッド・フォーン……?」

「なんだ。今まで気づいてなかったのか?」

 王宮の連中は世俗に疎いものらしい。

「言われてみれば、確かに……師に次ぐ才能を持ちながら師の妻に手を出し、魔力を剥奪されて破門されたとか……うむ、何から何まで君にピッタリだ」

 大きなお世話だ。

 アーサーのせいで嫌なことを思い出した。まったく、あのジジイめ。だったら歳もわきまえず、若くて美人の女房をもらった自分自身はどうなんだ。だいたい誘惑してきたのは彼女の方だぞ。

 男にとって──酒は酔うために、女は酔わせるためにある。こいつが俺の信条である。

 俺だって、自分が無意味にキザったらしい性格であることは自覚している。だがやはり男としてどうしても許せないことが一つある。

「女に刃を向けるような男には、生きている資格はないな」

「黙れっ、女たらし!」

 俺は“銃”を水平に構えた。

「‥‥チャム、魔力の充填を」

 魔力は封じられたが、マジック・アイテムを操る技術はまだしっかり持ち合わせているのだ。

 光の粉を撒き散らすかのように薄い黄金色の羽をはためかせ、チャムが“銃”の上に降り立った。

 ──オーダに破門されたとき、腹いせにマジック・アイテムの詰まった箱を持ち逃げした。その中でくーくー寝ていたのがこいつだったのである。

 それ以来のコンビだ。喧嘩もするが、ここ一番ではピッタリ息は合っている。

「おっけー、ライネッド」

 チャムの細い両腕の中に鮮やかなオレンジ色の光球が生まれる。瞬く間にその光は“銃”の全体を覆った。

「き、貴様っ!?」

「おっと。『一歩でも動くと』だろ、条件は? 自分で言ったことぐらい守りなよ」

 俺は体を動かさず腕だけで狙いを定め、そして引き金を引いた。

 反動が慣れた感触を手に伝え、一瞬の光条がアロンに向けて伸びる。

 ナイフが弾かれ宙に舞った。右手を押さえてうずくまるアロン。

「──終わりだ、アロン」

「ライネッド、かっこいい!」

 と、その横で刑事たちがどよめいた。

「どうしたガラハッド!?」

「なんて不運な奴だ! しっかりしろ!」

 一人の刑事の眉間に、弾かれたナイフが突き刺さっていた。

──聖杯刑事、殉職。

「追い詰められてなお罪を重ねるか。これで死刑は確定だな、アロンよ」

「そんな、あれは貴様がっ……!?」

「もう一つ、権利を付け加えてやる。それは神に祈る権利だ。牢獄の中で、せいぜい気が済むまで懺悔するんだな」

 抵抗虚しくアロンは、仲間の死を悼む円卓の刑事とアーサー警部、そしてサーベルを振り回すバジルに連れ去られて行った。

 ふう。

 吐いた息が苦々しい。後味の悪い事件だった。

 ともあれ、俺はエマリアの方を向いて語りかけた。

「俺の天才的な推理力の前に事件は解決しました。哀しい結末でしたが、これでご主人も浮かばれることでしょう……」

「あのー、ライネッドさん」

「いえ、申し上げたはずです、貴女の笑顔が何よりの謝礼だと。これからも気を落とさずに‥‥」

「そうではございませんわ。──そのう、わたくしがいつ、主人を殺した犯人を見つけてくれと依頼しまして?」

 ……はぁ?

 ま・さ・か。

「誰が殺したかなんて、どうでもよろしいんですの。だって、それで主人が生き返るわけではございませんし。……そんなことより、わたくしが壊してしまったドアを修理して頂けませんこと? 主人は死んで、アロンも貴方が来られるまで見当たりませんでしたし、他に力仕事をしてくれそうな方がいらっしゃらなくて」



 ドアの修理は半日後に完了した。

 二度と彼女の依頼は引き受けまいと、俺は固く心に誓った。



 本事件の教訓。

『犯罪者になるのは割に合わない──しかし、被害者になるのはさらに考えものである』

       

──ライネッド・フォーン