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ΞRepeaterΞ


 



 5月とは言え、ハンガーの中は蒸し暑い。


 士魂号から聞こえてくる、かすかな唸り声のような駆動音。

 下でも誰かが作業しているのであろう、金属同士がぶつかる甲高い音。

 風がテントを叩く、バタバタという音。

 すべてが耳障りだ。

 そして茜大介は、この場所が好きだった。

 耳障りな音の中に身をおいていれば、もっと不愉快なことを思い出さずにすむ。


 ……なんでも前向きに解決しようと思うほど子供じゃない。

 手を動かすことで忘れていられるんなら、それでいい。


 そう、考えていた。

 どんな未来を夢見たところで、けっきょく運命は他人が決定する。

 悲劇はなんの前置きもなしに、理不尽に訪れる。


 茜は、目の前の機体を見上げた。

(なのになぜ、あいつはコレに乗るんだろう)

 幾度と無く、装甲に散った幻獣の返り血をぬぐってきた。シートに付いた、パイロット自身の
血も。


「やあ、頑張ってるんだね」


 後ろから、のんびりとした柔らかい声がした。

 茜は振り向きもせず答えた。

「毎回、派手に壊してきてくれる馬鹿がいるからね」

「あはは……ごめんね、いつも。でも、まさか休みの日までやっててくれるとは思わなかったな。
ありがとう」

 茜は笑顔を作って、声の主を振りかえった。

 感情を隠すには、いかにも罪のなさそうな作り笑いがいちばん効果的なことを茜は知っている。

「……で、何か用かい、速水」

 速水厚志は、こちらは相変わらずの穏やかな笑顔で答えた。

「疲れたでしょ? そろそろ一息ついて、一緒にお昼でもどうかなと思って」

 速水は、新聞紙でくるまれた弁当らしき包みを手から下げていた。

 それを見た茜の眉が、かすかに動いた。

「その弁当は、あの芝村の女が作ったのか?」

「うん。……ちょっと個性的だけどね」

 恋人への弁当を新聞紙で包むほうもどうかしているが、それを嬉々として他人に見せびらかす
ほうも見せびらかすほうだ。

「じゃあ、あの女のとこに行けばいいだろ。いちいち僕の邪魔をしないでくれ」

 言いながら、茜は、驚くほど苛立ちを感じている自分に気づいて戸惑った。

 この男……速水と喋っていると、いつもこうだ。

 その馴れ馴れしさに隙を見せると、するりとこちらの懐に飛び込んでくる。

 作り笑いが、壊される。

「そんなに冷たくしないでよ、茜くん」

 笑みを浮かべつづける速水に、ついに茜は声を荒げてしまった。

「お前は、僕がどんな想いでこの3番機を整備しているのか知っているのか!」

 怒鳴ってから、茜はしまったと思った。本心なんて表に出さないと決めていたはずなのに。

 そして、自分で自分の言葉に驚いた。速水が知っているはずなどない。隠していたのは自分自身
なのだから。

 ……それなのに、心のどこかで、理解してもらえることを望んでいたとでもいうのだろうか?

 混乱する思考をよそに、唇だけが勝手に先を続ける。

「僕の整備した3番機に乗って、もしお前が戦死でもしたら、僕はどんな気持ちで残りの一生を
過ごしていかなきゃならないと思ってるんだ……!」

「茜くん……」

「わかったらこんな所をほっつき歩いていないで、一秒でも多く、死なないための訓練でもしたら
どうだ! この間抜け!」

 そう叫んで、茜はうつむいた。

 深く息をつくと同時に、激しい後悔が込み上げる。

 怒らせたか、傷つけたか。それとも、馬鹿な奴だと見下されるだろうか。

「……ごめん」

 静かな声に顔を上げると、速水は真面目な表情でこちらを見ていた。

「ごめん、僕が悪かったよ。 きみがそんなことを考えてるなんて思わなかったんだ」

 そして速水はなぜか、どこか遠くを見るような目をした。

 茜は、以前にも何度か、速水がそういう目をするのを見たことがある。

 まるで、自分たちの知らない、深い “何か” に思いを馳せているかのような……。

「僕までピリピリしちゃったら、きみやみんなが、余計につらくなるんじゃないかと思って。
 僕は誰にも苦しんでほしくなんかない。 ここにいるみんなで、誰一人欠けることなく、笑顔で
未来へと踏み出したい」

 速水は、茜の隣に歩み寄り、そのまま士魂号の装甲に手を触れた。

「正義のため? 人類のため? でも、それだけじゃない。 僕は、みんなのためにここにいるんだ」

「……速水……?」

 そのときだった。

 いつものように唐突に、すべての日常を否定するかのような出撃のサイレンが響き渡った。


*    *    *    *


「茜百翼長。 石津くんが体調不良で静養中のため出撃できないようです。 特別措置として、この
戦闘に限り、あなたに銃手をお願いしましょう。 あなたなら十分に替わりは務まるでしょう」


 善行にそう命じられ、茜は指揮車に搭乗していた。

 実戦は初めてだが、要は訓練のときと同じだ。

 もちろん恐怖や緊張は感じるが、校舎で仲間の帰りを待っているよりよほど気が楽だと思った。


 茜はスコープを覗き込んだ。 前線で、他者を超越した動きを見せる機体がある。 速水と芝村舞
の3番機だ。

 茜にとって、それを実際に見るのも初めてだった。

 とてもあの穏やかな速水が搭乗しているとは思えないほど、その動きは激しく、切実で、そして
華麗だった。整備で見慣れ、ただの物体にすぎないと思っていた士魂号が、神々しくさえ見えた。
まるで神話の英雄のように。

(フン。 ……お前を誇りに思うよ、速水)

 昔、どこかで聞いたような気がする。人類を救う英雄のおとぎ話を。

(そこまで重い期待はしない。 ……でも、お前は間違いなく僕たちのエースだ)

 彼がいれば     彼が言ったように、本当に未来へと行けるような気がしてくる。

 自分も、そして他の皆も。 誰も苦しまず、笑顔のままで。

(……あいつが帰ってきたら、本当に心から笑って出迎えてやってもいいな)


 そのとき、オペレータ席のののみが短く声を上げた。

 茜は慌ててスコープの先に視線を戻した。


 3番機が、地に膝を突いていた。少し間をおいて、その間接部から不吉な色の黒い煙が噴き出した。

「3番機、被弾!! 損傷度は……深刻です……!!」

 瀬戸口の声が耳に入るやいなや、茜は席を飛び出し、瀬戸口から通信機を奪い取った。

 聞こえてくる、激しい雑音。

 それが一瞬だけクリアになったかと思うと、少女の声が聞こえてきた。

「私だ、芝村だ……! 私は脱出できたが、あの馬鹿が……!!」

 そして、沈黙したその場に再びノイズだけが残った。

「速水っ、速水!? どうしたんだっ、この間抜け!」

 さすがに善行は茜を制しようとしたが、瀬戸口が無言のまま首を左右に振り、善行の顔を見た。
善行は腕組みをし、やはり無言でうなずいた。


「茜……くん……?」

 ノイズに混じって、声がした。不思議と澄んだ、控えめだがよく通る速水の声が。

「ごめん……ちょっと、失敗しちゃったみたいだ」

「速水っ!?」

「……痛っ……! だめだね、僕は……やっぱりまだ、ヒーローにはほど遠いや……」

 声の後ろから、装甲のきしむ音や、電子機器がショートする音が聞こえてくる。

「許さない……許さないぞ、速水!」

 茜は、叫んだ。

「僕をまた一人きりにするなんて、許さない、認めない! お前にそんな権利なんてないんだ!」

 答える速水の声は、驚くほど落ち着いていた。

「だいじょうぶ。 きみが悲しむ時間は、そんなに長くないよ。 もうすぐ、全ては最初に戻るから」

「なに……?」

 いつも、こうだ。茜はふと、焦る思考の片隅でそう思った。真面目な話になるとこいつは、とき
どき妙なことを口走る。そのたびに自分は、得体の知れない不安を感じるのだ。

「どういう意味だ、速水! 僕にちゃんと説明しろ! いつだってそうだ、お前は……」

 そうだ、初めて会った時からずっと。

「僕には、お前がどこか遠い存在のような……いつか、何もかもが終わったら、手の届かない
ところに行ってしまうような……そんな気が……」

「だいじょうぶだよ」

 茜は、いつものあの表情で優しく微笑む速水の顔を見たような気がした。

「きみの手が届かなくなったら、また僕のほうから手をのばすよ」

「速水……」

「きみが再び僕を忘れてしまっても、僕は忘れない。 また、すぐに会えるよ。
 僕たちは繰り返し、繰り返し、何度でも」

 やはり、言葉の意味はわからない。だが茜は、何かが胸につかえるような気持ちでその言葉を
聞いた。

「忘れないで。 きみは今も、これからも、一人じゃない。
 おぼえていて。 この約束だけが、途切れる事のないこの世界を変えてゆけるから。
 僕たちが幻獣を許し、世界が僕たちを許してくれる日まで……」

 雑音が、よりいっそう激しくなった。

 遠くに見える3番機は、今にも地に崩れ落ちそうだった。

「丈夫でいい機体だったよ、ありがとう。 ……おかげで、きみと最後の話をするあいだ、持ち
こたえてくれた。 きみのおかげだね。」

「黙れ、黙れ……! こんなときに礼なんて、言うな……っ!」

    茜くん、またね」

 通信機の向こうで爆発音が響き、そしてそれは途中でプツリと途絶えた。

 一瞬遅れて、指揮車の外から同じ轟音が耳に飛び込んできた。

「速水ーッ……!?」


*    *    *    *


「これが今や、お前の存在を示すもの、か……?」

 手のひらの上の “傷ついた獅子章” をながめ、茜はつぶやいた。

 人類側の善戦により、自分たちは無事に休戦期を迎えることができた。ただ一人、速水厚志を
除いて。

「お前が言った言葉……あれは、どういう意味だったんだ?」

 意味はわからない。けれど、胸に刻み込まれた言葉。

 また、すぐに会える。繰り返し、繰り返し、何度でも。



 茜は、空の彼方を見上げた。

 それは、夢。

 哀しく、後ろ向きではあるけれど、まごうことなき夢。



 あいつのいない平和になんて意味がないから。

 たとえ、人類と歴史を裏切ることになるとしても    

 大切な人を失ったとき、誰もがそう願い、祈り、夢見るのだろう。



 許されるのなら、もう一度……と。









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