“真実” は時に嘘をつく












「ルージャ、ご苦労だった」

「いえいえ」

 そう答えてからルージャは、祖父であるガルダに尋ねた。

「‥‥で、けっきょく今回の敵は何者なんですか?」

「魔界からの使者、だな」

 腕立て伏せをしながら、ガルダは答えた。年齢を感じさせないたくましい筋肉の隆起が揺れ動き、汗が流れる。“龍戦士”の異名で呼ばれ、『一人で一国の軍勢を壊滅させた』などの数々の伝説を持つ武闘派の理事は、いまだに日々の鍛練を欠かさない。

 そして、その横でリュートの調弦をしながら話すルージャ。客観的に見るとなかなか奇妙な光景だが、彼らにとってはいつものことだ。

「しかし魔界とこの世界の間には結界が張られ、妖魔は通過することができないんでしょう?」

「だから、妖魔ではない。魔仙アタラクシアは、結界に反応しないゴーレムを作り、こちらに送り込んできたのだ」

「いったい、何のために‥‥? やはり目的はユウキ先輩の抹殺ですか」

「それがわかれば、苦労はせんよ」

 身を起こしたガルダは口髭をいじりながら嘆息した。

「あの理事長様でも、行動が読み切れぬ相手らしいからな‥‥魔仙アタラクシアは。ルージャ、先日出た予言をおぼえているか?」

「ええ。『学園をさまざまな外来者が訪れる』でしたね」

「そうだ。さまざまな、というからにはゴーレムたちだけのことではあるまい。もしかすると、我ら一族の関係者かもしれん」

「まさか‥‥。掟を破って里を出るような変わり者の龍人族なんて、僕らぐらいでしょ。なにしろ頭の固い連中ですからね」




   第七章 外来者たち



   そして、ガルダの部屋から、ルージャは自室に戻ってきた。もうすっかり夜だ。

「さて、ユウキ先輩とアーリィ先輩はどうなったのかな? さっそく聞きにいかなくちゃ」

 ふと、彼は足を止めた。彼の部屋の扉が半開きになっている。

「おかしいなぁ。戸締り、火の用心はきちんとしているはずなんだけど」

 この学園の魔法錠の多くは、個人の特定の魔力波長を認識して開く仕組みになっている。と言っても生徒の部屋に取り付けられている錠はそれほど厳密なものでもないのだが、よほど波長が似通った血縁者などでも無ければ、反応しないはずだ。

 ルージャは、警戒しながら部屋に足を踏み入れた。人の気配はない。

「あれ?」

 しかし彼は、奇妙なものを目にした。ベッドのシーツの下で、何かがもぞもぞ動いている。

 不意にそれは、ルージャの顔めがけ飛び掛かってきた。

「‥‥!?」

 その生き物は、尖った赤い舌で、ルージャの頬をぺろぺろと舐めはじめる。

「ピッコロ!」

 その生き物──子犬ほどの大きさの小さな青いドラゴンは、嬉しそうに一声鳴いた。

「まさか、外来者って、君のことだったんですか?」

 ピッコロはルージャの顔の周りをぱたぱたと飛び回る。繁殖能力が極端に低いドラゴンたちの、まさに百年ぶりの子供である。

 本来ならば、里でドラゴンたちを守り、ひっそりと暮らしていくことがルージャたち龍人族に与えられた“使命”なのだ。

「僕のいない間に、こんな遠くまで飛べるようになってたんですね。他のドラゴン──ティコやチップマックたちは元気?」

 ルージャが手を差し延べると、ピッコロはその上にちょこんと乗っかった。

「ホントに‥‥こんなに可愛いのに、君たちが魔法兵器だなんて信じられませんよね」

 小さなドラゴンの頭を撫でてやりながら、ルージャはつぶやいた。

「──さて」

 彼は窓を開き、外に向かって声をかけた。

「こっちの再会は無事に済みましたし、そろそろ出てきたらどうです?  恥ずかしがるようなお年頃でもないでしょう」

 近くの茂みがガサリと揺れ、その中から、黄一色の服を来た男が姿を現した。

「お気づきになってやがりましたか。私は──」

「あ、はいはい。魔仙アタラクシアの使者さんですね。自己紹介なら間に合っていますよ」

「──あなた野郎は、とても素晴らしい礼儀知らずでいらっしゃいやがりますね! あなた野郎は私の怒りをお買い上げくださいまして毎度ありがとうございます!」

「怒りを買った、ってコトですか? それは御丁寧にどうも」

 ルージャが答えたとき、何の前触れもなく突然、周囲の光景が一変した。

「なるほど、幻術ですか。これがあなたの能力というワケですね」

 懐かしい故郷の風景を眺めながら、ルージャは言った。

 くわえて、人の記憶を読む能力といったところだろうか。ただ自分たちを倒すことだけが目的なら、そんな能力は必要ないはずだ。

 と、ルージャを取り巻く風景がまた変わった。

 ルージャの目の前に、亜麻色の髪をした小さな子供が現れる。

「おや。これは小さい頃の僕じゃないですか。可愛いなぁ」

 続いて、子供のルージャの前に、おぼろげな男の姿が浮かび上がって来た。

「‥‥父上」 ルージャの瞳がかすかに細まった。「そう、僕にはこの頃の父の記憶がほとんどない。父上はいつも、外の世界を飛び回っていましたから」

 声が、聞こえてきた。

『父上‥‥また行っちゃうのですか?』

 子供の頃のルージャの声だ。

『すまない、ルージャ。父さんは“真実”を探しに行かなくっちゃならないんだ。お前のおじいちゃんと一緒にね』

『“しんじつ”って、何ですか? そんなに大切なものなんですか?』

『真実は、常にたった一つしかない貴いもの──そんなのはウソだ。真実は一つきりとも限らなければ、別に貴いものでもない。でも、真実を求めようとしない者は、誰かに弄ばれ嘲り笑われることしか出来ないんだよ。ルージャ』

『だけど‥‥』

「だけど‥‥」 現在のルージャが、過去の自分のセリフをなぞるかのように声を合わせた。

「たとえ真実を知ったとしても、どうしても変えられない現実はあるはず。だったら、そこまでして真実を求めて、得られるものはあるんですか?」

『‥‥得られるものはあるんですか?』

 ルージャの父、キリュウ・ヴィルトンは、その質問に対してこう答えた。

『あるさ。──“誇り”だよ』

 キリュウは、ルージャの頭に手を置き、語りかけた。

『そうやって常に疑問を持ち、知りたがるのはいいことだ。いつかお前が哀しい現実に突き当たったとき、そのとき父さんが側にいなくとも、お前の見つけた真実がお前を支えてくれるよ』

 景色が揺らぎ、また場面が変わる。

『ねぇ、ルージャ。貴方までガルダやキリュウの真似をすることはないのよ』

 ルージャの母だ。

『ヴィルトンは異端の一族‥‥。でも貴方はこのカルティエ家の跡取りなの。里を出た父様のことは忘れなさい』

 幻影の母の姿を懐かしそうに見つめ、ルージャは言う。

「この学園に入るとき、母上にはずいぶん泣かれましたねぇ。でも今なら、父上が僕を置いて去ったわけがわかりますよ。本当に母上たちを守るためには、里に閉じこもったままじゃダメなんです」

 辺りがすうっと暗くなる。再び場面が変わろうとしている。

「ねえ、黄色のゴーレムさん。何が目的か知りませんが、このへんでやめにしませんか? この次のシーンは、僕的にあまり見たくないんですけどねぇ。プライバシーの侵害ってヤツですし」

 場面が変わった。今までとは違う、激しいほどに鮮明な記憶。

 ガルダがいる。父がいる。そして昔のルージャがいる。

『目をそらさずに見るんだ、ルージャ。これが“真実だ”』

 飛び散る鮮血。

 あの時とまったく同じように、現在のルージャは目を見開いたまま、頬についた血をぬぐう仕草をした。

 そして彼は、目を閉じた。

 再び目を開いたとき、辺りは元通りの寮の部屋に変わっていた。

 ルージャはピッコロを抱えたまま、窓から外に踊り出た。

「とりあえず、お礼を言いますよ。おかげで僕の原点を再確認できました。あなたを破壊するための気合はバッチリです」

 “黄”は、長い柄の斧を構えた。

「私を破壊? それはいかがな言いぐさでしょうか。私の持つデータでは、あなた野郎は格闘が専門。しょせんリーチの長い武器を持った相手には勝てやがりませんね。使命に従い、つつしんでブチ殺してさしあげましょう!」

 黄が斧を振り下ろす。ルージャはそれを軽くかわすと、言った。

「僕が格闘専門? ──どうやら、少し調査不足のようですね」

「何をほざくおつもりですか?」

「特別に見せてあげます。これが、がドラゴンと龍人族に与えた力の一端ですよ。僕たちとドラゴンは『二つで一つ』なんです」

 ピッコロを手に乗せたまま、ルージャは叫んだ。

「ピッコロ‥‥竜装形態!」

 ドラゴンの身体が光り輝きはじめる。光の中でその姿が変化していき──最後には竜の鱗の光沢を持つ槍へと変化した。

 ルージャは、ドラゴンが姿を変えた槍を、頭上でクルクルと振り回して見せる。そして、言った。

「僕の得意武器は、あくまで槍です。ダンジョン内などでは持ち運びに不便なので使いませんけどね」

 自分の背丈よりはるかに長い槍を軽々と構え、ルージャは敵に向けて一直線に突き刺した。

 黄は素早く後ろに飛びすさる。しかし、槍の穂先がそこからさらに伸びた。黄の腹部が槍に貫かれ、血の通わぬ肉体に大きな穴が開く。

 続けて槍を相手の喉元に突きつけたまま、ルージャは言う。

「さて、今度はこちらが情報収集する番です。僕たちにこの力を与えたのは、いったい誰なんですか? あなたなら知っているんじゃないですか」

 学園に来て、ルージャは知った。自分たちの能力も、外界との交わりを絶ちドラゴンを守るという使命も、全ては何者かによって仕組まれたものだということを。

「おそらくそれは──十柱の皇族妖魔の一人。どうです? あなたを造った魔仙アタラクシアとかいう人ではないんですか?」

「さあ、そんなことは知ったこっちゃございませんね!」

 黄は、左手で突きつけられた槍の穂先をつかんだ。その左手が肘のあたりから切り離されると同時に、閃光とともに爆発する。

 その勢いを借り、黄ははるか向こうへと吹っ飛んでいく。

「さて! 私としてはここまでやればもう充分。そろそろ御撤退し──」

 しかしそのときすでにルージャは、槍を支えにして空中に飛んでいた。

「はッ!!」

 大きな弧を描いて槍が振り下ろされる。竜槍ピッコロは、ゴーレムの肩口から、右半身を一気に粉砕した。

「‥‥簡単に逃がすワケないじゃないですかー。何の目的があったか知りませんけど、あなたは、僕が最も触れて欲しくない部分に触れたんですよ?」

 槍を手にしたまま、ルージャはにこやかに微笑み、そして言った。

「もう一つ、サービスでお教えしましょう。激情した龍人族ほど、冷酷なものはないんですよ」

 言いながら、ルージャは地面に杭でも立てるかのような様子で、倒れた黄の胸に槍を突き立てた。

 大地に縫いとめられたまま、それでも黄は相変わらずの調子で言う。

「なるほど、すべて理解しました。あなた野郎も、我々と同じ‥‥」

 ゴーレムを静かに見下ろすルージャの手に、力がこもった。

「‥‥せいぜい自分の仲間を襲わぬよう、お気をつけ‥‥やがり‥‥」

 声が止まった。ゴーレムは、完全に黄色の塵の山となり、散っていった。

 ルージャは学園の時計塔を見上げた。長針と短針が重なろうとしている。もうすぐ十二時だ。

「造られた命、ですか‥‥」 ルージャは、そうつぶやいた。




*                   *


 二人の男子生徒が、ひそひそと会話しながら、闇の中を歩いている。

「‥‥おい、本気でやるつもりなのか?」

「なに言ってるんだ、今さら」

「やっぱヤバイって。いくら何でも、女子寮を覗きに行くなんて‥‥。ウチの女の子は、みんな戦士とか魔術師とかのタマゴなんだぞ。犯人が俺たちだってバレたら、只事じゃあ‥‥」

「馬鹿だな、お前。昨日からの騒ぎを思い出せよ」

「え?」

「バレたときは、俺たちのダミーの仕業ってことにすればいいのさ」

「‥‥お、お前‥‥! 根性が腐ってるのは知ってたけど、実は頭も良かったんだな! そいつはグッドきわまるアイデアだよ!」

「はっはっは、根性についてはお前に言われたくないぞ」

 そんなことを話している二人組の足元の地面が、突如大きく揺れだした。

「な、なんだ!?」

 土砂が弾け飛び、ポッカリ大地に穴が開いた。そして、中から人影が飛び出した。

 だがしかし、ラグナロック学園生はこれしきのことで驚きはしない。彼らの前にふわりと降り立ったのが妙齢の美女だと見て取るや、彼はすぐさま声をかけた。

「すごいね、君。これは何かの魔法?」

 その女性の異国風の服装は、乱れても汚れてもいない。穴を掘って中に埋まっていたのではないことは確かである。

 彼女は静かに答えた。

「イザヨイ流忍法、“己巳(つちのえみ)の術”です。地中を高速で進むことにより、目的地まで短時間で到達することができるのです。──ここは、ラグナロック学園ですね?」

「そうさ。お嬢さん、外部の人? 良かったら案内してあげるよ」

「それはありがとうございます。しかし、私は『お嬢さん』と呼ばれるような歳ではありませんよ」

「またまたぁ。ホントはいくつなのか知らないけど、充分若くて綺麗ですよ」

「‥‥今年で還暦になります」

「カンレキ?」

「六十歳です」

 もちろん二人組は本気にしなかった。

「ほら、嫌がられてるんだよ。こんな嘘までついちゃってさ。やめとこうぜ」

「黙れ。‥‥ねぇキミ、冗談はいいからホントの歳を教えてよ。あ、それから名前もね」

「──しつこい方たちですのね」

 女性の表情がすうっと冷たくなった。

「失礼いたしますが、私は急いでいるのです。理由が何であれ、行く手を阻む障害は排除させていただきます」

「え?」

 その言葉も終わらぬうちに、男の首筋に女性の手刀が叩きこまれていた。常人離れした動きだった。

「ほら、やっぱりこうなったじゃないかっ!!」

 もう一人はそう叫び、逃げ出した。後に残った女性は、一人つぶやいた。

「ラグナロック学園の生徒ともあろう者が、これしきで昏倒するとは。ますます不安もつのろうというもの‥‥アスカ‥‥間に合えば良いけれど」

 一方、逃げた男子生徒は必死で走っていた。あのやたら強い女性は何者だったのだろう。もしかすると、新手のゴーレムかアンデッドなのかもしれない。

 ふと、走る彼の目の前に、また一人の男が現れた。

「おい、そこの貴様。ちょっと待て」

「すみません、急いでるんです!」

 男子生徒はそのまま走り過ぎようとした。しかし男が足を引っかけたので、彼は派手に転倒した。

「待てと言ってるだろうが。わからん奴だな」

 灰色のマントの男──クラウドは、倒れた男子生徒を足で踏みつけた。

「少し聞きたいことがある」

「そ、それが人にものを頼む態度ですかっ」

「‥‥む。それもそうだな」

 クラウドは男の上半身を引き起こすと、その喉元にナイフを突きつけた。

「頼む。この通りだ」

「な、何でもどうぞ」

「可憐で純真な僧侶風のハーフエルフの美少女を見かけなかったか? 無愛想な予言の勇者か、緑の髪の馬鹿でもかまわん」

「い、いえ、見ませんでした」

「ならばチビの忍者のガキか、あやしい雰囲気の吟遊詩人でもいい」

 ようやく追試から解放されたクラウドは、メンバーが全員寮にいないことから、アンデッド事件のことで出掛けていると考えたのだ。

 多少は顔を出しておかないと、報酬の分け前がもらえない。

「いや、知らな──」

「知らんだと?」 クラウドの瞳と、男の喉元のナイフが鋭く光った。

「あ、あ、そういえば、さっきボッタクルの購買部の辺りに明かりがついてました! こんな時間に変だなと思ったんですけど‥‥!」

「なるほど。そこか」

 クラウドは男子生徒を解放した。彼は後も見ずに逃げていった。

「‥‥追試でストレスが溜まっているからな。久々にひと暴れさせてもらうとしよう」

 クラウドは、さっきの男子生徒から密かにスリとった懐中時計を見た。長針と短針が真上で重なろうとしている。もうすぐ十二時だ。





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