『ありがとう』 のために












「‥‥うむ、良い出来だ」

 カズマ・イザヨイは筆を置き、完成した書を満足げに眺めた。

「墨が乾いたら、掛け軸にしてどこかに飾るとしよう。アスカの部屋がいいかな」

「あ、あなた、大変ですっ!!」

 彼の妻、キョウカが部屋に飛び込んできた。

「なんだ、騒々しい。お前も書道でもやってみたらどうだ。心が落ち着くぞ」

「落ち着いてる場合じゃありませんわ!」

 キョウカはカズマの手から半紙をもぎとると、びりびりに引き裂いた。

「あっ‥‥」

「あの子が、ヒョウガが怪我をしたんです!」

「なにっ!?」

 二人は揃ってヒョウガの部屋に駆け込んだ。そこでは、十五歳ばかりの少年が、お付きの者に包帯を巻いてもらっているところだった。

「大丈夫か、ヒョウガ!」

「僕は平気。そんなことより、すごいんだよ、父上!」

 ヒョウガという少年は、興奮した面持ちで喋りはじめた。

「アスカがね! “癸酉(みずのととり)”の術を使ったんだ。たった十歳でだよ。しかも、誰も教えてないのに、見よう見まねで‥‥!」

「なんですって!? すると、その怪我は‥‥」

「アスカはすごいよ。天才だよ。きっとすごい忍者になる!」

「うむ、さすがはわしの娘だ」

「何を言ってるんですか、あなたまで! それとこれとは話が別です。よりによって実の兄を傷つけるなんて‥‥きつく叱っておかないと」

「でも、母上」

「‥‥ほめてあげるのは、そのあとです」




*                   *


「ヒョウガ。わかっていますね」

 畳の上に正座したサヤカは、一振りの刀をヒョウガに差し出した。

「ダメだよ、おばあちゃん。僕にはできない。‥‥アスカを殺すなんて」

「あれはもうアスカではありません。悪霊、ヒミカなのです」

「でも、身体はアスカなんだ!」

「そのアスカごと倒すしか、もう他に方法はありません。ヒミカはすでにあなたの両親を手にかけているのですよ。仇を討とうとは思わないのですか!」

「何のために、父上と母上が抵抗もせずに死んだと思ってるの!?」

 サヤカは口をつぐんだ。おとなしいヒョウガがこれほど声を荒らげるところを、これまで見たことがなかったのだ。

「気持ちはわかります、ヒョウガ。しかしこうなってしまった今、あなたが一族を統率していかなければならないのです。私情はお捨てなさい」

「次の頭領はアスカだよ。女が一族をまとめ、男はそれを守る。それがこの里の掟じゃないか」

 ヒョウガは、刀を取らずに立ち上がった。

「僕はアスカを守ってみせる。アスカは僕にとって、たった一人の可愛い妹なんだ」




*                   *


「誰かと思えば‥‥」

 アスカが、アスカでない声で言った。

「できそこないの腰抜けの兄のほうか。わずか十歳の妹のほうが宿主に選ばれたことを、悔しいとは思わんか?」

「そう、僕は腰抜けの臆病者だ。だから僕はお前を知っている。臆病だから、もしお前が復活したらどうしようって、ずっと考えてた」

「‥‥私の邪魔をする者は、殺す」




*                   *


 アスカの手にした刀が、ヒョウガの胸を貫いていた。

「貴様、わざと──!」

「お前を追い出すことはできない‥‥アスカを殺すこともできない‥‥ならば、このまま、お前を封印する‥‥」

 ヒョウガは口から大量の血を吐いた。その血が、胸の傷から流れる血と入り混じる。

「アスカ、聞こえるかい‥‥? 僕にはここまでしかできない‥‥でも、お前は強い子だ。お前なら、いつかヒミカに打ち勝てると信じてる。──僕にはわかるんだよ。お前はこの世界に必要な子だ。そして僕にとっても、たった一人の大切な‥‥妹」

 ヒョウガは自分の胸の血を指ですくいとり、その血でアスカの額に印を描いた。

「異界の十二神将よ、我が命を贄として受け取りたまえ! そして、ひとときの力を、我に!」

 アスカの額に描かれた印が、光を放った。

「アスカ‥‥あとは、お前が戦うんだ‥‥。最後まで、頼りないお兄ちゃんで、ごめんな‥‥」




*                   *


「──ヒョウガ兄さま? どうしたの? どうしてこんな所で寝てるの? ねえ、ねえってば‥‥」




   第十一章 “約束”



「アスカっ!」

 後ろからアーリィの声がした。自称リリシィ☆サクラ──いや、アスカは振り返った。

「アスカ? そんな名前の人は知らないでござるよ」

「ござるって‥‥あんた‥‥」

「仕方ないなぁ。秘密なんだけど、アーリィおねえちゃんたちには教えてあげる。実はあたしは、この魔法の印籠で十五分間だけ大人に──」

「そういう性格は変わっていませんね、アスカ」

「あら、ばあちゃん!? ‥‥ってことは、ぜんぶバレちゃったのか。ちぇっ」

 アスカはマスクをはずした。クセのある茶色い髪に、大きな瞳。成長してはいるが、確かにアスカだ。

「あんまり知られたくなかったんだけどなぁ‥‥ま、それはそれとして」

 アスカはいきなり、サヤカに飛びついた。

「ばあちゃん、半年ぶり! ──厳密に言えば、五年ぶりかな?」

「アスカ‥‥それがあなたの本来の姿なのですね。立派になって‥‥」

「そうそう、あたしってけっこう女らしくなるのよね。男の子がほっとかないってカンジ? 今まで知らなかったなー」

 そう言う彼女の姿をしげしげと眺め、アーリィも驚きの声を漏らす。

「ホントだ‥‥こうして目の前で見てても信じられないくらい‥‥」

「ありがと、アーリィおねえちゃん。いや、今の歳の差でおねえちゃんってのも変かな? でもクセだからしょうがないや」

 それを聞き、ユウキがポツリとつぶやいた。「やっぱり、そうなのか」

「え? 何が?」

「いや、なんでもない」

「変なの。どうしたの?」

「あ、アスカも聞きたいな。言ってよ、おにいちゃん」

 ユウキは少しためらったあと、口を開いた。

「さっきから気になってたけど、俺たちのことを覚えてるってことは、つまり‥‥」

 アスカは顔色一つ変えず、さらりと答えた。

「うん。ぜんぶ知ってるわ。ヒミカに操られていたときのことも、ヒミカを抑えていたあいだのことも。──もちろん、兄さまたちを殺したこともね」

 そう、アスカは見ていたのだ。

 自分の手が両親と兄を殺すところを。何もできず、目をそむけることさえできずに。

「普段、“あっち”のアスカが見聞きしたり感じたりしたことは、あたしにも伝わるわ。こちらから干渉はできないんだけどね。そして逆に“あっち”のアスカは、ヒミカのことを知らない。‥‥でも、普段のアスカもやっぱりあたし自身なの。あれは十歳の頃の、何も知らなかった無邪気なあたし」

 少しずつアスカの口調が変わりはじめた。段々と、相手を突き放すような冷たい感じになっていく。

「ここまで巻き込んじゃって何だけど、みんなはこのまま帰って。これはアスカの問題なんだもん。みんなに迷惑かけたくないの」

「なに言ってんの。ボクたちは仲間でしょ」

「仲間かぁ。‥‥あたし、みんなと一緒にいちゃいけないのかも」

 シュラヴァートが、アーリィを押しのけるようにしてアスカの前に進み出た。

「この連中はどうか知らないが、少なくとも私は黙っていられない。要はあのヒミカとやらを倒せばいいのだな?」

 アスカは、嬉しそうにシュラヴァートの顔を見た。しかしすぐにうつむいてしまった。

「ありがとう。でもダメ。──だって、アスカは人殺しだもん」

 アスカは下を向いたまま、シュラヴァートの首に手を回すと、そのまま抱きついて身体を預けた。

「あ、アスカ‥‥?」

 とまどうシュラヴァートの耳元で、彼女は静かに言った。

「──するでしょ、血の匂い」

 アスカはシュラヴァートの胸からふわりと飛び離れた。

「あたしはただ、罪をつぐなうためだけに生きてる。ヒミカと決着をつけるまで、あたしは死ぬことも許されないの」

 そう言ってアスカは、アーリィたちにも語りかけた。

「アーリィおねえちゃんたちも、ありがとう。ホントに、みんなにはすごく感謝してるわ。ここに入学したとき、アスカはとっても寂しくて不安だったの。自分がこんなだから、みんなを殺しちゃったから、ばあちゃんにも捨てられたのかな、って」

「そんな! あれは‥‥」

「うん、わかってるよ、ばあちゃん。アスカがヒミカに打ち勝つ力を身につけるためでしょ? 頭でそうわかっていても、やっぱり悪いほうに考えちゃうもの。あたし、ずっと一人きりだったから」

 そんなとき、彼女の前にルージャが現れ、そして‥‥。

「みんな、アスカを仲間って認めてくれた。こんなあたしを必要としてくれたの。それがどれだけ嬉しかったか‥‥。みんなはあたしの支えだった。すごく楽しかった。ずっと一方通行で、伝えられなかったけど──ようやく言えるわ。ありがとう、みんな」

 アスカはくるりと背を向けた。アーリィは彼女を追おうとした。アスカはアーリィに向かって、振り返らずに言った。

「アスカね、ずっとしたかったことがあるの。でももう絶対できないの」

「‥‥なに?」

「親孝行」

 アーリィの足が、ぴたりと止まった。

「父さまの肩を叩いたり、母さまの手伝いをしたり‥‥それを兄さまと一緒にするの。きっと‥‥きっとすごく、幸せだと思うの‥‥」

「アスカ‥‥」

「みんなは笑うかもしれないけど、そんなちっぽけな幸せが、アスカのいちばんの願いなの。‥‥そして、二度と叶わぬ願い」

 アスカは深いため息をついた。そして普段どおりの明るい調子で、言った。

「今となっては全てが手遅れだけど──ケジメだけは、つけなくっちゃね」

 アーリィが立ち尽くしているあいだに、アスカはまた駆けだしていってしまった。

「アスカ!」

「どうする?」 ユウキがアーリィの横に来て尋ねた。

「決まってるよ! 追いかけよう!」

 そんなアーリィたちの様子を見ていたサヤカは、頭を下げた。

「私からもお願いいたします。行ってあげてください。‥‥あの子をこの学園に入れたのは、間違いではありませんでした」

 アーリィは大きくうなずいた。

「じゃあ、パイをお願いします! 行こう、みんな!」




*                   *


 校舎の屋上で、アスカは黒い霧と対峙していた。

<‥‥来たか、アスカ>

「うん、お待たせ」

 アスカにはヒミカの居場所が感じられる。五年間も一つの身体に同居し、そして戦いつづけてきたのだ。誰にも見えない、心の奥底で。

「五年間‥‥長かったわ。あたしの弱さと愚かさを後悔するには充分な時間だった。そしてもう飽きちゃったの。だからあたしは、もう振り返らない」

<倒すというのか、この私を?>

「倒す? それは違うわ。あたし、もう昔のアスカじゃないのよ」

 彼女の背後の階段から、複数の足音が聞こえてきた。

「アスカっ、大丈夫!?」

「やっぱり来ちゃったのね。ホントはわかってた。そんなみんなだから、アスカは今までやってこれたんだもん。‥‥そう、みんながずっと教えてくれてたのに、今になってようやく気づいたわ」

 アスカは目を閉じ、祈るようにつぶやいた。

「憎しみで憎しみを消すことはできない。そうよね、ヒョウガ兄さま」

 そしてアスカは、両手を大きく広げた。

<何をする気だ、アスカ>

「あなたの怒りと哀しみ、ぜんぶあたしが受け止めてあげる。みんながアスカにしてくれたように。──だから、もう一度あたしの中においで、ヒミカ」

<クククク‥‥正気か? 自ら私に機会を与えようと言うのか。いいだろう、あのときのようにお前の身体を乗っ取り、お前の仲間を殺してやろう。本当にそれでもいいのか?>

 アスカは笑顔を浮かべ、きっぱりと言った。

「大丈夫、絶対にさせないわ。アスカが強くなればすむことだもん。あたしの弱さのために、みんなの優しい気持ちを否定できないでしょ? あたし、みんなの優しさのおかげで生きてるんだから」

 夜の闇に溶けていきそうな黒い霧は、吹きつける風に揺らぐこともなく、まっすぐにアスカに向けて進みはじめた。

 アーリィが、アスカの背中に向けて叫んだ。

「どうする気、アスカ!?」

「ごめんね、おねえちゃん。アスカは決めたの。もう泣かない。父さまや母さま、そして兄さまを殺したこの手を、これからは人を救うために使うの。‥‥笑わないでね。これでもあたし、必死なんだから」

 アスカは、風に乱された髪を指でさらりと後ろに流すと、歌うように言った。

「あたし、みんなが好き。この世界が好き。笑顔が好き。幸せが好き。──だからおいで、ヒミカ。あたしはアスカ・イザヨイ。逃げないわ」

 ヒミカが、アスカの身体に接触した。黒い霧が、染み込むようにアスカの中に入っていく。

「くっ‥‥んっ‥‥」

 アスカは苦痛に顔を歪め、頭を抑えてその場にうずくまった。

「アスカ!」

「‥‥平気よ、おねえちゃん。心配してくれてありがとう」

 アスカは痛みをこらえて、無理に笑顔を作ってみせた。

「ふふ‥‥今日のあたし、『ありがとう』ばっかりだね。でも、これがアスカの本当の気持ちだから。あたし、この言葉を言うために生きているのかもしれない」

 うずくまったアスカの身体が大きく震えた。アーリィには彼女が一まわり縮んだように見えた。

「おねえちゃん、そしてみんな‥‥シュラのおにいちゃんも‥‥」

 苦しげな息をつきながら、アスカは途切れ途切れに言った。

「いつも役立たずでごめんね‥‥またしばらく足手まといになっちゃうけど、許してね‥‥」

「いいから! 喋らないで!」

 アスカはアーリィに、小指を立てた右手を差し出した。

「おねえちゃん、約束して」

「え?」

 わけがわからぬまま、アーリィはその手をとった。

「ヒミカとの決着がついたら、必ずあたしはまた帰ってくる。第三次侵攻──みんなにとって大事な戦いのときには、きっとこの姿に戻ってみんなを助けるから‥‥」

「──バカっ! 他人の心配なんかしてる場合じゃないでしょ!?」

「うん‥‥だから、お願い。それまでアスカを支えていて。そしたら、あたしは頑張れるから。‥‥約束だよ」

 アスカは、乱れた髪がかかった顔でアーリィを見上げた。

 そして最後にもう一度、微笑みを浮かべると──前のめりにパタリと倒れた。

 その身体がみるみる小さくなっていく。アーリィがアスカを抱き起こしたときには、彼女はすでにブカブカの服を着た十歳の少女に戻っていた。

「‥‥あれ? おねえちゃん、どうしたの。アスカ、どうしてこんな所にいるの?」

 アスカは無邪気な顔でそう問いかけた。アーリィは彼女をきつく抱きしめた。

 ティーナも二人のそばに近寄り、言った。

「アスカちゃん、ずっと戦っていたんですね。たった一人で、誰にも知られることなく‥‥そして、これからも‥‥」

「──一人じゃないよ!」

 アーリィは叫んだ。

「一人じゃない。一人になんか、させるもんか。‥‥約束、したんだ」

 ティーナは黙ってうなずいた。

 自分たちは弱い。一人では何もできない。

 ──だから自分たちは、一人であることをやめる。




*                   *


 ──そのアーリィたちの様子は、そっくりそのまま理事会室の水晶球に映し出されていた。

「理事長様、本当に良かったのでしょうか。結果的に勇者たちは無事だったとはいえ、魔界の使者を学園に導き入れるなど‥‥。魔仙アタラクシアとは、それほど信用できる男なのですか?」

 〈剣〉の理事ガルダが言った。

「申し上げにくいことですが‥‥理事としてではなく、この世界の運命を憂う者として言わせていただきます。皇族妖魔の一人である以上、アタラクシアが最後まで我らの味方である保証はどこにもありません」

<我らの味方? 確かにそれは違うな>

 水晶球が声を発した。

<あの男は、妖魔の側にも人の側にもつかない。ただ、ユウキ君の側につくのだよ。彼にはそうする理由がある。私に戦う理由があるように>

「‥‥そうですね、理事長ラブリュエル様」

 今回のことは襲撃というより、ユウキたちに成長をうながす試練だったのかもしれない。アタラクシアはそれすらも計算していたのだろうか? やがて来る、過酷な戦いのために‥‥。

<何はともあれ、傷ついた者同士が自らの意志で肩を寄せ合いはじめた。もはや他者の思惑が及ぶところではないのかもしれん。次に我らがしてやれることは、技と心を磨く場を与えてやることぐらいだ>

「と、言いますと?」

<──例の大会が、確か一月後だったな。そこに学園代表として“トゥインクル・スターズ”を参加させる。時期的にもちょうどいい。あの男を呼べ>

「ロイ・D・アーレスト、ですね」

<そうだ。学園一の教師と呼ばれた、あの男をな>




*                   *


「パイ、大丈夫? しっかりしてよ、ねえ」

 しきりに声をかけ続けていたアーリィだったが、いざパイが目を覚ますと、気まずそうに黙り込んでしまった。

「‥‥アーリィ? ここは?」

 ベッドの上に起き上がり、パイは辺りを見回した。

「《海》の寺院だよ。とりあえず身体に異常はないみたい」

 会話はそれきりで、またしばらく沈黙が続く。

「ごめんね、アーリィ」

 そっぽを向いて壁を見つめていたパイが、ぼそっと言った。

「えっ?」

「ごめんって言ったの! あたしの心に隙があったばかりに、こんなことになっちゃって‥‥。アーリィのことをとやかく言う権利はないわね」

「ううん、パイは悪くないよ」

 パイはため息をついた。

「ほんとにあんたはイイ子ちゃんなんだから。そんなこと言われちゃうと、ますますあたしが悪者だっての。あたしだって、性格悪いなりに努力してるつもりなんだけどな」

 そう言ってパイは胸の辺りを手で押さえた。

「痛むの?」

「‥‥そりゃあ、痛いわよ。色々とね。あたし、これからちょっと自己嫌悪にひたるから。悪いけど一人にしてくれない?」

「うん‥‥」

 アーリィはきびすを返し、立ち去ろうとした。

「あっ、やっぱちょっと待って、アーリィ」

 アーリィは立ち止まった。そして、冗談めかして答えた。

「もう。相変わらず勝手だなぁ、パイは」

「悪かったわね」

 パイはベッドに寝ころがると、シーツにくるまってアーリィに背を向けた。

「アーリィ、あんたはあの勇者クンと一緒にいたほうがいいわ。きっと、それがあんたのためなんだと思う」

「‥‥うん。でもね、パイ。だからってパイのことが必要なくなったわけじゃないんだよ。なんて言うか、その‥‥」

「あったり前でしょ。ナニ言ってんのよ。それぐらいのことで用無しにされたんじゃたまんないわ」  パイはあっさりアーリィの言葉をさえぎった。

「あたしなりに応援してあげるって言ってるの、この鈍感娘。それじゃ、また明日、授業で会いましょ」

 パイはベッドから手だけを出して振った。

「──ねえ、パイ。ボクたちって‥‥何なのかな?」

「さあ。ケンカしてもこうして一緒にいるってことは‥‥やっぱ親友なんじゃない? 最初から何もない他人同士よりは、こういう関係のほうがいいのかもね」

 アーリィは、ようやくいつもの笑顔に戻って、うなずいた。

「うん。そうだね」




*                   *


 ユウキは、アスカを背負って幼年寮への道を歩いていた。彼女を送り届ける役目を、自分から買って出たのだ。

「アスカ、起きてるか?」

「‥‥ふに?」

「いま言ったことは、あっちのアスカにも伝わるんだよな。それじゃ、言っておきたいことがあるんだ。他のみんなには、気恥ずかしくて面と向かって言えないからさ」

 ユウキは、長かった今日一日のことを思い返した。アーリィのこと、ゴーレムのこと、アタラクシアのこと、そしてアスカのこと‥‥。

「──俺もみんなが好きだよ。今日、初めて思った。俺が本当に“勇者”とかいう存在で、この世界を救えるんだとしたら、救ってみせたい。みんなが住んでいる、この世界を」

 はたして現実に、自分にそれが可能なのか。そんなことはもう関係ない。自分が何者でもかまわない。

「俺は、強くなる。もっと強くなってみせるよ。いつか青空の下で、胸を張ってみんなが好きだと言えるように」

 背中から、規則正しい寝息が聞こえはじめた。

「‥‥寝たのか?」

 アスカは、寝言で何かをつぶやいた。それは虫の声にかき消され、ユウキの耳には届かなかったが、彼女は確かにこう言った。

「頑張ってね、ユウキおにいちゃん」




「正しい孤独の求め方」・了   
   



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