『さまざまな“外来者”が

ラグナロック学園を訪れる』












 天には月、地には灰と緑のコンストラスト。

 背の高い尖った葉の草と、大地にへばりつく小さな雑草が入り交じった草原が、夜空の下に広がっている。そしてその草原のあちこちに、巨大な石柱が規則的に並ぶ。

 石柱の表面には、すでに風化しかかった彫刻が見える。かなりの年月を経てはいるが、人の手により建てられたものであることは間違いないだろう。自然に対し、人造物によって己の存在を示そうとする、人のはかなき抵抗だ。

「醜悪だな」

 いつの間に現れたのか、あるいはいつからそこにいたのか──全身を包帯のように黒い布で覆った男が、石柱に手をかけてつぶやいた。

「これだけ豊かな世界を与えられておきながら、なぜそれに牙を剥こうとする?」  風がその地を渡り、草原と男の黒い布を揺らした。

「心地よい風、穏やかな光、優しい土‥‥全てが、我が同胞たちには与えられぬ物だ。魔界に棲む我が同胞たちには」

 ピシリ。男が手を当てた場所から、石柱に亀裂が走った。

「貴様らが乗り越え踏みつけようと躍起になっているもの‥‥それの恩恵を得たいと望んでやまない者もいるのだぞ、人間よ」

 男は、別の方角に目を向けた。石柱の群れに取り囲まれるように、草原の上に城があった。鋭角と曲線とが美しく調和した独特のフォルムを持つ塔たち。幾つも並んだ白い旗が、まるで翼のように風になびいている。城というよりは、草原という湖を泳ぐ白鳥を思わせる。

「風都サーラ・ルゥ。“翼の民”と呼ばれる希少種族の集落‥‥。確かに一般の人間たちとは異質な文化を持っているようだが、しかし来たるべき我らの第三次侵攻に際し、さほどの驚異となるとは思えないな」

 ──けれども、この地上世界には明らかに、妖魔に対して不自然なまでの抵抗力を持つ謎の勢力がどこかに存在する。その実態を男は調査しようとしているのだった。

「スパイ活動はもう終わりですかしら? 妖魔さん」

 声がした。女の声だ。妖魔は声の主を求めて、視線を上に向けた。少し離れた石柱の頂上に、一人の女性が立っていた。

 彼女は、示威するかのように、背の翼を大きく広げた。月を背にして、二枚の翼のシルエットが風にはためいた。

 ──“翼の民”。

「求める手掛かりは、あなたの目の前におりますわよ。私の名はコネリー。ラグナロック学園において、ありとあらゆる結界を管理する〈門〉の理事です。やっと有給休暇をもらえたと思ったら、故郷に来てまで妖魔と遭遇するなんて」

「ラグナロック‥‥学園、だと?」

「あら。私としたことが、つい余計なことを漏らしてしまいましたわ。‥‥あぁ、お喋りになるのは歳をとった証拠ね。こうして仕事に追われるうちに、オバさんになってしまうのかしら。嫌だわ」 コネリーはため息をついた。

「俺を妖魔と知って、なおそのようなふざけた態度を取るか。貴様、気は確かか」

 コネリーはそれには答えず、気だるそうに右腕を上げた。

 気配を感じ、妖魔は素早く周囲を見回した。草原の中に赤い点が見えた。

 花か、と一瞬思った。だがそれは小さく光を放っている。彼を囲んで、四つ。

「あまり、私たちを甘く見ないでいただけます?」 コネリーは言った。

 四つの光点が結びつきあって、最後に妖魔の頭上に収束した。四角錐の、赤い光の檻。

「妖魔と比べ、一度に扱える魔力には限りがあっても、ならば術を数回に分割すればすむ道理です。結界術の応用ですわ。無駄に余計な話で時間を稼いでいたわけではありませんわよ」

 いくら人と妖魔とには種族的なレベルの差があると言っても、個々の能力においてなら、中級程度の妖魔をしのぐ者も中にはいるのだ。

 赤い光が濃くなっていく。脱出しようともがく妖魔を石柱の上から見下ろし、コネリーは物憂げなため息をもう一度ついた。そして、言った。

「私、仕事は嫌いですが、妖魔はもっと嫌いなんです。さよなら」

 光の四角錐は、見えない何かに吸い込まれるかのように渦を巻いて縮んで消えた──中の妖魔もろとも。

 あとにはただ、吹き抜ける夜風だけが残った。髪と翼を風に踊らせながら、コネリーはつぶやいた。

「地上の“残留妖魔”たちの動きが活性化しつつある‥‥。第三次侵攻が近いというのは、どうやら間違いなさそうね」

 妖魔たちのほうもようやく、学園のことに薄々勘づき始めたらしい。

 妖魔が不審に思うのも当然だろう。地上にはあり得ないほどの力と知識とを持った集団。存在するはずのない組織。それが彼女たちなのだから。

「予言によると──」 コネリーは続けた。「今週はさまざまな“外来者”がラグナロック学園を訪れるはず。やはり、私が学園を留守にするのはまずいかしら。‥‥たまには里帰りでもと思ったけど、今回もただ寝るだけの休暇になりそう。因果な職業だわ」

 コネリーは石柱を蹴った。宙に舞う軽い身体を、翼のはばたきが起こす風圧が支える。

「‥‥ところで、独り言が増えるのも老ける兆候ね。気をつけなくては」

 つぶやきを残し、〈門〉の理事コネリーは闇の中へと飛び去っていった。




   第一章 戦慄! 平和な学園を襲うスケルトンの恐怖!!



 ここはラグナロック学園。世界でただ一つの冒険者養成機関である。その学生食堂に、彼らはいた。

 トロールの団体がフットボールに興じられるほどの広さを持つこの食堂には、食事をする以外にももう一つ重要な役割がある。

 学生パーティーの待ち合わせ場所、である。彼らの名は“トゥインクル・スターズ”。つい最近、認められたばかりの新米実習パーティーである。

「ふう。ようやく終わったね」

 アーリィ。弓兵科2年生(レベル)。呪われた剣を持つ少女。緑の髪が印象的な十七歳。

「安心するのは結果が出てからにしたほうがいいんじゃないのか」

 ユウキ。剣士科二年生。記憶を持たない少年。世界を救うべく召喚された勇者。

「期末試験のことですか?」

 ティーナ。僧侶科一年生。自分に自信を持てない少女。人間とエルフの間に生まれたハーフ。

「成績が悪かったに決まっているから、今だけ一時の解放感を味わっているんだろう。放っておいてやれ」

 クラウド。魔術師科二年生。誇りや思いやりといったものを微塵も持とうとしない男。卑劣で強欲な、“エルフの例外”。

 彼の言葉にムッとしたアーリィは、皿の上の肉団子をフォークに突き刺すと、器用にクラウドの顔めがけ飛ばした。

「ふん。甘いな」

 長髪のエルフの魔術師は、手にしたナイフの尖端で飛んできた肉団子を受け止めると、何事もなかったかのように口に運んだ。

「‥‥クラウド、ずいぶん余裕じゃない。そう言うあんたこそ、成績が返ってきてから泣く羽目にならなきゃいいけどね」

 クラウドは意味ありげにニヤリと笑った。

「安心しろ。それだけは絶対にない」

 なぜかきっぱりと断言するクラウドに調子を狂わされ、アーリィは話を変えた。

「ところでユウキ、あの歴史の問題でさ、『神暦九八五年にランセル王国で起こった内乱により王位に就いた女帝』って誰だっけ? ボクはわからなかったんだ」

 神暦では、かつて世界を創造したとされる至高神が、人間に初めて暦を与えたという年を元年としている──当然と言えば当然の話だが。ちなみに今は一〇〇二年にあたる。

「ミリアーヌ一世、だろ」

 グラスの水で唇を濡らしつつ、即答するユウキ。弓兵科と剣士科、所属は違うが歴史の試験は共通なのだ。

「あ、そっか‥‥あれ、そういえばどっかで聞いたことがあるような‥‥」

「それはそうだよ。授業でやったんだから」

「じゃなくってさ、もっと昔に‥‥母さんから教えてもらったんだっけ‥‥? そうそう、どうして突然こんなことを言い出すんだろうって、不思議に思ったのを覚えてるもん」

 記憶を辿るアーリィを、クラウドの冷たい一言が現実に引き戻した。

「ま、今さら思い出したところで、点は上がらんがな」

「‥‥う‥‥」

 そのとき、トコトコと小さな足音が聞こえてきた。

「みんな、おはよー!」

 アスカ・イザヨイ。忍者科一年生。良く言えば、いつまでも純粋さを持ち続ける少女。悪く言えば幼稚。

「いいよね、アスカはいつも気楽でさ」

 アーリィが言うと、ユウキが反論した。

「そうかな。子供には子供なりの悩みがあるものだと思うけど」

「‥‥でも、少なくとも試験のことは、まるで気にしてないみたいだよ?」

 アスカはティーナの膝の上にちょこんと乗っかると、瞳を輝かせてアーリィたちの顔を見渡した。

「ねーねー、知ってる? 最近、学園にオバケが出るんだって」

「オバケ?」

 普通なら怪談話の類として受け取るところだろうが、冒険者のタマゴである彼らの反応は違う。

「アンデッド・モンスターってヤツか」

 ユウキの言葉に、アスカは得意気に大きくうなずく。

「そうそう。ゾンビとか、するけとんとか」

「スケルトン、でしょ」

 アーリィが言ったまさにそのとき、調理場のほうから甲高い悲鳴が上がった。

『わ〜っ! スケルトンだ〜っ!!』

 吹けば飛ぶような小人が大勢、わらわらとこちらに駆けてくる。学生食堂の調理を担当するノームたちである。小さな身体で力を合わせて料理する姿は、普段は見ていて微笑ましく人気があるのだが‥‥逃げまどう彼らは、声を揃えて叫んだ。

『骨だけの死体が、まるで生きてるみたいに‥‥怖いよ〜!』

「噂をすれば何とやら、か。格言に律儀なモンスターだね」

 まだ昼前なので、食堂には彼女たち以外の学生の姿はない。

 アーリィは、席から立ち上がった。

「アーリィ?」

 座ったまま、ユウキが目で問いかける。

「目の前にモンスターが現れたのに、黙って見ているわけにもいかないでしょ」

「うむ、その通りだ」

 クラウドが素早く立ち上がると、厨房に駆け込んだ。

「どこだ、スケルトン! この俺が相手になってやろう!」

 口では勇ましくそう言いながら、彼は辺りに置いてある食材を手にした袋に詰め込み始めた。

「‥‥クラウド。何やってんの」

「見ての通り、正義のために戦っているところだが」

 ──と、クラウドの手が止まった。視線が床の上に釘付けになっている。

 ややあって、彼は壁を力いっぱい蹴りつけた。

「どうしたの、いきなり?」

「‥‥いや‥‥どうしようもない馬鹿馬鹿しさと、やり場のない怒りに襲われてな‥‥」

 彼の言わんとすることが理解できず、アーリィは彼が指し示す先に目をやった。そして瞬時に納得した。

 良く磨かれた床のタイルの上に    

「‥‥‥‥」

 骨だけとなった一匹の魚が、まるで生きているようにぴちぴち跳ねていた。

「まあ、スケルトンの一種であることは確かだな‥‥」 様子を見にきたユウキが冷静に言う。

 そしてティーナがカードを取り出した。魔法を行使する際に必要なアイテムである。各種のコインに封じられた魔力を、このカードによって制御するのだ。

「汝、鈍き輝きのコインに宿る魔力よ──正位置のカード『法王』の導きに従い、その力を解放したまえ‥‥」

 ティーナの手にした銅貨が光を放った。アンデッドを浄化させる、『法王』の銅の呪文“破邪輝法”。

「魂を失いし肉体よ、再び永遠の安らぎの中に還りなさい‥‥」

 大真面目に祈りを捧げるティーナ。いくら僧侶科で、平和と寛容の象徴たる女神クライスに仕える身であるとはいえ、やはりどこかズレた娘である。

「こんなものに、いちいち魔法を使わなくてもいいのに」

 今や単なる生ゴミと化した魚の骨を、アーリィはため息をつきながらゴミ箱に投げ入れた。

『ありがとうございました〜! あなた方の活躍は学園に報告し、食堂を襲ったスケルトンを退治した英雄として語り継がさせていただきます〜』

 感謝するノームたちに、クラウドは冷たく言った こんな恥ずかしい話を語り継ぐだと? ──やってみろ、五秒で殺す」

 一日を二十四に分けたものが一時間、一時間を六十分割したものが一分、さらにそれを六十に分けたものが一秒。それが彼らの使用している時間の単位だ。つまり五秒とは、一日の一七二八〇分の一に相当する、ごく短い時間のことである。

「‥‥でも、いくら魚の骨っていったって、死霊術は学園では教えてないはずだよね。いったい誰がこんなことを?」

「この魚も、どうせ学園が魔法で生み出したものだろう。単にその悪影響ではないのか?」

 クラウドが言う。この学食ではよくあることで、つい先日もローストチキンが辺りを飛び回って騒ぎになっていたばかりだ。

「それなら、ティーナの魔法で浄化されたりしないんじゃない? やっぱりアスカの言ってたアンデッド事件と関係あるんだと思うよ」

 アーリィの言葉に一同が考え込んだとき、食堂の入口に人影が現れた。

 くすんだ赤色のローブをまとった若々しい美女である。そのローブの胸元には、学園魔術師科の講師の証である六芒星が刺繍されている。

「あら、もっと生徒がいるかと思ったのに。ガラガラじゃないの」

「あっ、セディス先生だ!」

 アスカが脳天気な大声を上げ、ユウキとアーリィ、そしてクラウドが嫌な顔をした。

「余計なことをするんじゃない。見ろ、気づかれてしまったぞ」

 彼らは、いや大部分の学生は、セディスが苦手なのである。

 外見に惑わされてはいけない。彼女はこれでも、二百歳を越える魔女なのだ。おまけに性格は『超』が付くほど過激で、その機嫌を損ねた学生をすぐ寺院送りにすることで有名だ。

「おや君たち。ちょうど良かったわ」

 セディスはユウキたちに目を止め、つかつかと歩み寄ってくる。クラウドがユウキの肩にぽんと手を置いた。

「奴の相手は任せた。頼んだぞ、リーダー」

 アーリィとクラウドに押し出される形で、ユウキは矢面に立たされた。仕方なく挨拶する。

「‥‥こんにちは、先生」

「こんにちは、ユウキ君。遅ればせながら、パーティー検定合格おめでとう」 セディスはにっこりと笑った。「確か名前は“トゥインクル・スターズ”とか言ったっけ。悪いけど、ちょっと用事を頼まれてくれる?」

 引き受けるか、それとも死ぬかの二択である。ユウキは黙ってうなずいた。

「そう、ありがと。さすがは私が見込んだパーティーだわ」

 ユウキたちにとっては、見込まれたというより目を付けられたというほうが正しい。

「実はね、これを学園中の掲示板に貼って回ってきてほしいの」

 セディスは何気ない動作で空中に手を伸ばしユウキたちに驚く間も与えず、虚空から出現した紙の束を掴みとった。まるでそこに目に見えない書類棚でもあったかのように。

「待って下さい、先生」 クラウドが後ろから口を挟む。勇気ある行動だ。

「俺たちは実習パーティーとして認められている。たとえ小さな用事であれ、依頼ならばきちんとした報酬を‥‥」

「え、何? 先生よく聞こえなかったわ」

 微笑みながら問い返すセディス。だが、その目はちっとも笑っていなかった。それを見てクラウドは珍しく素直にあきらめた。このまま逆らったところで、報酬より治療費のほうが高くつく。

「それじゃ、お願いね♪」

 靴音も高く、魔女は去っていった。アーリィがその背中を見送りながらため息をついた。

「ちぇっ、またこんなつまらない仕事か。せっかくパーティーを組んだのに、やってるのはゴミ拾いとか落とし物探しとか、雑用バイトばっかりじゃない。これじゃ意味がないよ」

 実習パーティーとして登録されれば、プロの冒険者と同様に仕事を任せてもらえるようになる。たいていは簡単な仕事だが、学生の中にはかなりの報酬を稼いでいる者たちもいるのだ。

「盗賊団退治とか、そういった派手な仕事はないのかなぁ」

「あったとしても、お前たちに任せようとはせんだろう。悪い噂だけはすでに知れ渡っているからな」

「‥‥何を他人事みたいに。あんたのせいもかなり大きいと思うよ、ボクたちの評判が悪いのは」

 ──記憶喪失の勇者に、ひねくれ者の留年王、呪いを抱えたアーチャー、何かと差別の目にさらされるハーフエルフの少女、そして幼稚な忍者。これが彼らである。一言で要約すればこうなる。『問題児』。

「もともと俺は、好きで貴様たちに付き合っているわけではない。責任転嫁はやめろ」

 クラウドに言われ、アーリィはそっぽを向いた。

「あーあ。ホントに、どっかにいい話があればいんだけど」

「‥‥ここにある」

 セディスから渡された紙片に目を走らせていたユウキが、ぽつりと言った。

「え?」

 アーリィは横からそれをのぞきこみ、声を上げて読みはじめる。

「『実習パーティー募集‥‥学園共同墓地に出現するアンデッドについての調査‥‥希望者は学園冒険管理局まで‥‥先着五パーティー限り』──ラッキー! ちょうどいいじゃん!」

「確かに、作為的なくらい都合のいい話だな」

「都合はいいに越したことないよ。さっそくこれを貼りに行って、その足で管理局へ‥‥」

「だからお前は馬鹿だと言うのだ、小娘」

 クラウドが偉そうにさえぎった。

「そんな物を掲示すれば、競争相手が増えるだけだろうが。報酬を横取りされてもいいのか? こんな紙はこうしてだな‥‥」 長身のエルフは紙束を丸めてクシャクシャと丸め、厨房の火にくべた。「こうやって焚き付けにでも使うのが、森林資源の有効利用というものだ」

 一同は唖然とした。当のクラウドだけは涼しい顔をしている。森の民たるエルフとはとても思えない行動である。

「ちょ、ちょっとクラウド、それはないんじゃない?」

「なぜだ。誰か困るか?」

「セディス先生にだって、立場ってものが‥‥」

「なるほど。セディスのババァが学園のお咎めを受けるか。──なら、一石二鳥だ」

「‥‥‥‥」

 言葉を失ったアーリィに代わり、ユウキが言った。

「もう燃えてしまったものは仕方がない。とりあえず、俺たちが仕事を成功させれば問題はないわけだろう。俺がこれから管理局に届け出てくる。‥‥購買部で剣を買う用事もあるし」

「剣?」

 ティーナが不思議そうな顔をした。

「以前の剣はどうなさったんですか?」

 ユウキは無表情なまま答えた。

「──捨てた」

「捨てた?」 アーリィが不審がる。「なんでまた、そんなことするの?」

「事情があったんだ。いくら俺でも、嫌なものは嫌だ」

「‥‥?」

「それはともかく仕事の話だ。今日午後九時にここで集合しよう」

「ルージャの奴はどうする?」 クラウドが尋ねた。「ここ数日、姿を見かけないが」

「言われてみれば、そうだな」

 ルージャというのは、彼らのパーティーに所属する吟遊詩人科の少年である。

「よし、小娘。お前はルージャを探してこのことを伝えておけ」

「探すって、どこを?」

「奴のことだ。どうせ怪しげな所にいるに違いない。天井裏や床下や次元の狭間などにな」

「答になってないじゃんか」

「居場所がわかるのなら苦労はせん。だから探せと言っているだ。つくづくものわかりの悪い奴だな」

 相変わらず偉そうなクラウドの態度に、今度こそアーリィは怒った。

「‥‥クラウド、やっぱりあんたとは決着を付けなきゃいけないみたいだね。表に出なさい!」

「ふん、死にたいらしいな。もっともそれだけ頭が悪ければ、世をはかなんで死を選ぶのも無理はない。──よかろう。ついてこい」

 クラウドは先に立って悠々と歩きだした。

食堂から一歩外に出たところで、彼は突如、脱兎の如く駆けだした。

「ああっ! 逃げられたっ!!」

 ショックを受けるアーリィに、ユウキが静かに追い打ちをかける。

「アーリィ、奴の分の勘定は任せるよ。君の責任だからな」

 アーリィは、空になった皿の山を見て、呻いた。

「うう‥‥。絶対この食堂、前払いにするべきだよ。食券制とかさぁ」

 そのせいで何度、クラウドが勘定を押しつけて逃げていったことか。

「以前はそうだったらしい」紙切れの上で代金を計算しながらユウキは言った。「十数年前に大がかりな食券の偽造事件があって、それから現行の制度に切り替わったそうだ」

 数字の書かれた紙切れをアーリィの目の前に突きつけたあと、ユウキは付け足した。

「‥‥ちなみに、クラウドが入学した年の話だな」




*                   *


 ラグナロック学園には、いくつかの購買部が存在する。

 アーリィたちと別れたユウキは、管理局で仕事の登録をすませ、武器や防具など冒険に必要な装備を扱う購買部に立ち寄った。ここは、管理者の名を取り『ボッタクルの購買部』と呼ばれている。

 ユウキはカウンターの内側に向かって声をかけた。

「ちょっと、剣を見せてくれないか」

 それを聞き、初老のドワーフが奥から出てきた。彼こそボッタクル。がめつい商売で、学園中の生徒に名を知られている。

「おうよ。中古か、新品か? 実はついさっき、いい中古品が入ったんだがよ」木彫りのパイプをくゆらせながら、ドワーフは言う。

「ここの中古はあまり質が信用できない」

「ほう。ワシの鑑定眼にケチをつけるたぁ、なかなか肝の座った小僧だわ」

 にやりと笑って金歯の隙間から紫煙を吐き出し、彼は奥の作業台の上をパイプで指した。

「そら、あの剣だ。新品並だろ? ずいぶん手入れが良かったと見えるな。持ち主が几帳面な性格だったんだろう」

 ユウキはその剣にちらりと視線を走らせた。──見覚えが、ある。

「ちょっと刃こぼれしちゃいるが、なあに、すぐ直るさ。修理代は別勘定だがな」

 ユウキはしばらく沈黙していたが、やがて静かに問うた。

「‥‥あの剣はどこで?」

「試練場から帰ってきたパーティーが持ってきたのさ。おおかた中で拾ってきたんだろ。こいつはただの剣じゃなくてな、何と‥‥」

「‥‥女の声で喋る、とか?」

「おっ、よくわかったな。お前さん、戦士系なんかやめて占術師科にでも転向したらどうだい」

 ボッタクルは大声で笑った。しかし一方のユウキは全く笑っていない。

「ま、ちょっと見てくれや」

 ボッタクルはカウンターに剣を置いた。

<ダーリン! やっぱりあたしを買い戻しに来てくれたのね♪>

「やっぱり‥‥エイミー‥‥」

「お? 知り合いかい?」

<エイラムが消えちゃって、あたしは仕事がなくなっちゃったんだから。きちんと責任取ってよね。そのためにわざわざダーリンの愛剣に乗り移ってあげたんだから>

「その時点で、お前はもう俺の愛剣じゃない」

 だからユウキはこの剣を他のパーティーに預け、訓練用迷宮“学園長の試練場”に捨ててきてもらったのだが‥‥。

<ひどい! あたしとのことは遊びだったのね! いいわよっ、次の持ち主を通して言いふらしてやる! 女を馬鹿にすると怖いわよ!>

 わめき散らす封印の魔剣を前に、ユウキは苦い息を吐いた。

「わかった。その剣をくれ」

<まあ、ダーリン♪ それでこそあたしのダーリンだわ。今回は許してあげるけど、二度とこんなことしちゃダメよ♪>

 ユウキは代金を払い、剣を受け取った。ボッタクルがおまけでスタンプカードを手渡す。

「毎度っ! 他に何か欲しいモンはねぇか?」

「あるのは売りたい物だけだ」

「まあまあ、そう言わずに‥‥見てくれよ、こないだ開発した新製品の回復系アイテムだ」

 壁にずらりと並んだ棚から、ボッタクルは女性用の踵の高い靴を取り出す。

「彼女へのプレゼントにでもどうだい? その名も『ハイ、回復(ヒール)!』つってな。履いて歩くだけで体力が回復するスグレモノ、色はブラックとワインレッドの二色から自由に選べ、気になるお値段は何とたったの金貨一枚! ──だが、さっぱり売れねぇんだな、これが。いったい何が悪いんだか」

「ネーミング。それとあんたの頭」

 ユウキは正直に答えた。

「はっはっは、なかなか言ってくれるな、小僧。よし、気にいった! 次はこいつなんだが‥‥」





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